幼児教育を語るひろば

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金龍山浅草寺


 浅草寺 (2014,1.23写す)

例年書家のS先生と浅草寺へ初詣に出かけるのが慣わしです。でも今年は、S先生が新年早々風邪をひかれたので延び延びになり、昨日行ってきました。

小正月も過ぎた平日なので、人出は少ないだろうと思っていました。ところが意に反して、結構な混雑ぶりでした。特に仲見世通りは,人と人がぶつかり合うほどです。

若い人が多いのにも驚きました。まだ学校が休みなのでしょうか? それに外国人観光客も目立ちます。そんな影響でしょうか? 仲見世の雰囲気が、昔とずいぶん変わったような気がしました。多くの店が、若者や外国人観光客が好みそうな品揃えをしています。

話は逸れますが、S先生によると「仲見世」というのは、店の奥行きが短くて中まで見えるからとのことです。本来なら江戸時代の商店は、間口が狭く奥行きが長いのが特徴です。でも仲見世は、参道などの狭い土地を利用するために奥行きが無いのです。

私は二十数年前に、「浅草寺仏教文化講座」に何回か参加したことがあります。(新宿の安田生命ホールで催された)
そこで聴いた話です。(頂いた資料に拠る)

金龍山浅草寺の「金龍」の由来はこうです。ある時お寺の周りに、一夜にして千株ほどの松が生えました。(一夜松の思想というのがあって、瑞祥を表します。)

[三日を過ぎ、天より百尺ばかりの金鱗の竜が松中に降り、七日ばかりわだかまり、その後所在を見ず、之に依りて「金龍山」という。]
(江戸初期の「承応縁起」から)

浅草寺のご本尊は、一寸八分(約5.5cm)の黄金の観音様だと言われます。秘仏なので見ることは出来ません。今から1300年以上も前に、江戸浦の海(浅草辺りは海だった)から、漁師だった桧前(ヒノクマ)浜成・竹成兄弟が、網で掬い上げました。(その時魚は1匹も穫れなかったと言われる)

桧前兄弟は、それを祭事を司る土師中知(ハジナカトモ)のところへ持って行って、そこで祀ることになりました。浅草寺の起源です。後にこの三人が、「三社権現」と言われ「三社祭り」の主役になりました。

日本の有名なお寺の開祖は、弘法大師とか慈覚大師とか偉いお坊さんに決まっていますが、浅草寺だけは庶民が開いたお寺ですから、それだけでも親しみが持てます。

わざわざ浅草まで出かけて初詣をするわけが、そのへんにあるような気がします。気になっていた初詣が無事済みました。



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