幼児教育を語るひろば

幼児教育を語るひろば

シチズンシップ教育

教育 2014  ⑨ 寸評・3
朝日新聞がトップ記事でスタートさせた「教育2014」が、だんだん一面から遠ざかって行くような気がします。

「シチズンシップ教育 (市民性を向上させる教育)」は耳慣れない言葉ですが、
ヨーロッパでは普及しているようです。

英国では2002年に、シチズンシップ教育を必修化しました。社会の一員であることを自覚させ、社会活動へ積極的な参加を促すのが目的です。背景にあるのは、若者の社会への無関心化と、急増する移民への疎外感が高まるのを防ぐためです。

シチズンシップ教育は、日本でも広まりつつあります。「教育2014・⑨」でも、次の学校の事例が紹介されています。

立命館宇治高校・京都府八幡市の小中学校・兵庫県立兵庫高校
・神奈川県立湘南台高校

日本でのシチズンシップ教育の必要性は、昨年まとめられた安倍内閣の教育再生実行会議や文科省の道徳教育の充実に関する懇談会の報告にも盛り込まれています。後者の懇談会の報告では、その定義をこう記しています。

「社会の在り方について多角的・批判的に考えさせたりするような、社会を構成する一員としての主体的な生き方にかかわる教育。」

しかし、こうした考え方が政権全体で共有されているとは言いがたいと、朝日は批判しています。特に安倍政権は、市民というより国民という意識が強く、国家優先の色彩が濃いと言います。
「市民性」というと狭義に捉えられ、国民・国家に結びつくのだと思います。もう少し広義に、「社会性」と捉えた方が良いのではないでしょうか?

人間は「社会的生物」とも言われます。
私たちのものの見方や考え方・生活観や人生観は、学校・家庭・職場・地域社会における人間関係から大きな影響を受けます。つまり社会的な機能が、人間を教育するということです。そのお陰で、市民性(社会性)が育って行くのです。

ジョン・デューイ (John Dewey 1859〜1925 )は、学校の機能を次のように
説いています。

学校は、いまや単に将来営まれるべきある種の生活に対して、抽象的な迂遠な
関係を持つ学科を学ぶべき所ではない。生活と結びつき、そこで子どもが生活を指導されることによって学ぶところの子どもの住みかとなる機会を持つ。


デューイは「学校は、教科を学ぶための隔離された場所ではない。」・「学校は小型の社会で、生きた社会生活の一形態である。」と、言っています。シチズンシップ教育に通じる考えではないでしょうか。

昭和21年3月アメリカの教育使節団が来日し、戦後の教育のあり方について報告書を発表しました。この報告書が、日本の教育を大変革させるきっかけと
なりました。その中で、教育の目的を次のように述べています。(部分)

教育は、個人が社会の責任ある協力的な成員になるように用意させなければならない。そのことはまた”個人”という言葉が、少年少女、男性女性に対し平等に適用するものである、ということが理解されねばならない。新日本の建設には、個人は労働者、市民、人間として彼らを発達させるような知識が必要であろう。

日本の教育界への、シチズンシップ教育の渡来です。


コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://freesia7.blog10.fc2.com/tb.php/1393-8f72e2a9