幼児教育を語るひろば

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白い犬とワルツを

前に読んだ時はそれほど印象に残らなかった本も、日を置いて読んだら感動したという話はよくあります。

きょう書棚を整理しようと思って蔵書を引っ張り出していたら、「白い犬とワルツを」という本が目に留まりました。もう十数年前に読んだものです。

アメリカ南部のジョージア州に住む、サム・ピークと言う80歳を超えた老人が主人公です。長年連れ添った妻に死なれた時から、物語が始まります。

彼は足が不自由なので、彼の子どもたちはひとりで生活するのを心配します。でもその心配を振り切って、彼はひとりの生活を選びます。彼のものの考え方や生き方は頑固ですが、共感出来るものがあります。
(この本を初めて読んだ時は、私にすれば80歳はまだ遠い先の話でしたか
 ら、関心も薄かったのだと思います。)

作品の中で、作者は主人公の気持ちを日記という形で現わしています。
妻の葬儀の日には、こんなことが書かれていました。

「八十一年生きてきて、きょうがいちばん悲しかった。(中略)きょうでわたしの喜びの日々は終わる。申し分のない妻と、これまた申し分のない子供たちを授けてくださった全能の神に感謝。暮らしはいつも楽というわけにはいかなかった。もっと稼げたらと思うことも多かったが、金では買えないものにわれわれは恵まれていたので。(後略)」と、家族への気持ちを記しています。

妻の葬儀直後から、白い犬が彼の周りに姿を現すようになります。子供たちは父親の幻覚だと思って、信じてくれません。
白い犬を最初に見た時、主人公のサム・ピークは、病気の犬だと疑って追い払おうとします。義理の息子に頼んで、銃で安楽死させようとも試みます。でも白い犬は、他の人には見えません。いつも彼の目の前にだけ現れます。

サム・ピークの白い犬への気持ちは、日が経つにつれてだんだんと変わって行きます。彼は汚れの無い真っ白な犬が、孤独な自分を見守る姿に、亡き妻の面影を重ねるようになって行くのです。

4日目の日記では、もう白い犬を心配しています。(餌を皿に用意して、白い犬を待っていた時の気持ち。)

「白い犬、わたしにしか見えないあの白い犬が、きょうはすがたを見せなかった。死んでしまったか、でなければもっとご馳走のある家でも探しに行ったのだろう。(後略)」

サム・ピークが腰の炎症で倒れた時には、娘のケイトや彼女の夫ノアにも、白い犬が見えました。白い犬は、まるで父親の異変を報せるように、彼らの前に姿を見せたのです。

この頃白い犬は、すっかりサム・ピークに馴れていました。彼が倒れた時にも、白い犬は彼に近づいて来て、彼の腕にそっと頭をすり寄せてきました。(主人公の妻が亡くなって、1〜2ヶ月後のことです。)

退院後サム・ピークは、真っ先に白い犬に会いに行きます。そして、白い犬に話しかけます。「寂しかったかい、お嬢さん。さあ、みんなのいるところに行こう。お前のことを幽霊だと思ってるんだ。さあ、おいで。大丈夫だよ。」

「犬は頭を低く構えて走り寄る。歩行器の前で立ち止まると、優雅な身のこなしで立ち上がって、前足を歩行器の前にかけた。彼は犬の頭をやさしくなでてやってから、ビスケットを食べさせた。[さあ、こんどはワルツを踊るか]   声がはずんでいる。いいほうの脚でバランスを取りながら、歩行器をゆっくりと右に左に動かす。それに合わせて犬も動く。彼は声を上げて笑う。」 この本のタイトルの由縁です。

その後彼の子供たち孫たちにも、白い犬が見えるようになりました。然し見かけるのはいつも遠くからで、犬は人目を避けるようにすぐに消えます。

(数年後)
「白い犬は彼のそばにいる。いつも一緒だ。夜になると彼のベッドのすそに丸くなって眠る。彼以外はだれも白い犬に触らない。」

1993年には、テレビ映画化されて、全米で最高の視聴率を上げたと言われます。やはり多くの人々は、純愛物語を求めているのです。

主人公と歳が近くなったからでしょうか? 一気に読み通してしまいました。
書棚の整理が、また延びました。


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