幼児教育を語るひろば

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土石流被害の伊豆大島を思う


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 大島土産のツバキの苗が、こんなに大きくなりました。
 (上)満開のツバキ(2013,3.20写す)
 (下)現在の様子(2013,10.21写す)


伊豆大島へは、十数年前に同町小中学校の教育研究会に招かれて伺いました。ツバキの花の盛りが、そろそろ終わる頃でした。都内から110Kmも離れている伊豆大島が、往復飛行機を利用したのでとても身近に感じました。
旧泉津小学校で、理科部の先生方と指導法について意見を交換しました。

研究会が終わって翌日、旧泉津小学校のM先生に案内され車で島を一周しました。島の東側は険しい崖ですが、西側は緩い傾斜地で海岸段丘を形成しています。三原山の山麓には、ツバキ・ミズキ・オオシマツツジ・オオシマザクラなどの美しい樹林が見られます。ふだんは穏やかな暖かい海に囲まれ、自然公園などもあって、風光に恵まれた豊かな島です。
元町地区は島の西部にあるため、この地形が災いして土石流被害を大きくしてしまいました。

今朝8時に泉津・元町地区に出ていた避難勧告は、解除されました。でも油断は出来ません。台風27号が、また伊豆大島を狙っています。

島には、岡田・元町・波浮の3つの港があります。岡田港からは、東京(竹芝桟橋)・横浜・熱海・伊豆七島行きの客船が出ています。南部にある波浮港は、旧火口湖で(火口湖が大津波で海とつながった)天然の良港です。

伊豆大島を造った三原山にも登りました。直径3〜4Kmもあるカルデラ内の中央火口丘が、ふだんは三原山と呼ばれています。案内してくれたM先生は「火口原の火山灰の堆積地帯を、地元の人たちは砂漠と称し、遊歩道を造って観光資源として大事にしている。」と、教えてくれました。

三原山は度重なる噴火で、火山灰を増やしてきました。今回の土石流被害の元凶になってしまいましたが・・・
当時頂いた三原山の資料に、噴火の記録が載っています。

1552年(天文21年) 
1684〜90年(貞享1年〜元禄3年)
1777〜78年(安永6〜7年)
*安永の噴火以降は、小規模な噴火を繰り返している。
1950〜51年(溶岩が火口外に溢れる)
1912〜14年・1953年・1964〜65年 (いずれも小規模噴火)
1986年(久しぶりに大噴火・全島民避難)


今回は噴火による災害ではありませんが、1958年の狩野川台風による土石流被害と同じで、台風の豪雨によるものです。

堆積した火山灰地帯に育った樹木林は、島の美しい風景の一つです。そこに人々が集落を造るのも頷けます。でも自然の猛威には、勝てません。
都も国も復旧作業と共に、土石流対策にも力を注いで欲しいと思います。微力ですが、私も復興の力になりたいと考えています。


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