幼児教育を語るひろば

幼児教育を語るひろば

心頭を滅却すれば

野球2題
夏の風物詩、甲子園の全国高校野球が、22日に幕を閉じました。初出場で優勝した前橋育英高校の快挙に喜ぶ地元の様子が、放映されていました。同校野球部は、普段から地元自治会の清掃活動などに参加して、地域からも愛されていたとのことです。前橋育英高校が、野球エリート校だけで無く、地域貢献の二刀流なのは天晴れです。

大リーグ・ヤンキースのイチロウ選手が、4000本安打を達成したニュースも届きました。彼は「4000本を打つには、8000回以上は悔しい思いをしている。それに向き合ってきたという事実は誇り・・・」と話しています。プロ22年目で学び得たイチロウ哲学です。


「三伏・熱い話」の続きです。
教え子のHが、前々回の記事について感想を寄せてくれました。

彼のメールに、恵林寺(山梨県甲州市・武田家の菩提寺で慧林寺とも書く)の快川国師の逸話がありました。快川国師は武田信玄の信望厚く、重用されました。そのこともあって武田勝頼が織田信長に攻められた時、恵林寺でこれを迎え撃ちました。

快川は山門の楼上に立て篭りましたが、最後は織田軍に火を放たれ焼死しました。彼は火中に在って「心頭を滅却すれば火も自ら涼し」との言葉を残して、亡くなったと言われます。
神話では無く実話ですから、熱い話としての実感が伴います。

この話は「生死を脱却すれば何も恐れることは無い、決断すれば何でも出来る。」という教えだと、かって私も学校で習った覚えがあります。
でもよく考えると、生易しい教えではありません。快川国師も、熱い火はやはり熱いはずです。「心の持ちようで熱い火も涼しくなる」と言われても・・・彼がどんなに偉くても無理な話です。快川国師の本当の狙いは、どこにあったのでしょうか? それに偉いお坊さんならなおさらのこと、生命に対する愛着は、私たち凡人以上に強かったはずです。

快川国師が「火も自ら涼し」と言われた本意は、「生死の岐路に立った時は、たとえ熱い火であっても、そう決断して死に臨みなさい!」ということだと思います。彼の死生観ですが、諦めの覚悟とも受け取れます。
「死を覚悟した時は、火になりきりなさい。そうなればもう熱いと思うことはありません。」こう教えられているような気もします。

道元禅師は「正法眼蔵」の中で、「生死の中に仏あれば生死なし、生死の中に仏無ければ生死に惑わず。」と言われます。道元は、「仏が在っても無くても生死無し」と言うのです。「生死」とは迷いのことで、私たちの人生は迷いの生活だということです。「仏」とは、悟りのことです。生死の人生で、精進努力することによって仏の境地に達するということだと思います。
道元の人生観であり、決断の基底にあるものです。


コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://freesia7.blog10.fc2.com/tb.php/1356-d2ee0104