幼児教育を語るひろば

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三伏・熱い話

もう立秋を過ぎたので「暑中お見舞い」も「残暑お見舞い」となるのが、昔からの習わしです。然しこの暑さを考えれば、「暑中お見舞い」が似合うと思います。相変わらず、日本各地から猛暑日の便りが届きます。猛暑の他に、酷暑・熱暑・炎暑などという言葉も聞かれます。

この暑さでは、とても外出する気になれません。そこでわが家で一番涼しい場所を探してみました。2階の書斎? というより本棚が同居する物置部屋です。ここが一番涼しいことが分かりました。風通しも良いし、陽も射し込みません。ひがな一日、ここで熱中症を避けて過ごしました。

暇に任せて、ほこりが目立つ本を、あれこれ手に取ってみました。そんな本から、いくつか話の種を見つけました。俄仕込みの知識ですが、暑さにちなんだ話題を紹介します。

暦の上では、猛暑を表す日に「三伏」があります。猛暑日が3回あるというのです。

夏至から数えて3番目の庚の日を「初伏」と言います。(今年は7月13日)
同じく4番目の庚の日が、「中伏」です。(7月23日) 
立秋過ぎて最初の庚の日が「末伏」です。(8月12日)

庚(かのえ)は十干の一つですが、五行(木・火・土・金・水)に配して兄(陽)に当たります。弟(陰)は、辛(かのと)です。(庚は金兄とも表記) 

金の兄である庚は、火気を恐れて、伏して隠れているという意味があるのです。いずれにしても昔から「三伏」の頃は、猛暑になります。


炎暑の神話を紹介しましょう。
富士山が「世界文化遺産」に決まった折りに、コノハナサクヤヒメノミコト(木花開耶媛命)のことを書きました。日本の山を統括するオオヤマツミノカミ(大山津見神)の末娘で、富士山の守り神です。

彼女は大ロマンスの結果、ニニギノミコト(瓊瓊杵命・天照大神の孫)と結婚しました。そして3人の子を産みます。名前に、みな「火」が付いています。
火照命(ホデリノミコト・海幸彦と呼ばれる)
火須勢理命(ホスセリノミコト)
火遠理命(ホオリノミコト・山幸彦と呼ばれる)

彼女の出産にまつわる話が凄いのです。
出産のため、戸の無い八尋殿という産屋を造らせました。いよいよ出産という時に、産屋に火を放ち、火が燃え盛る中で3人の子を産みました。
日本一の火山である富士山の守り神ですから、こんな神話が生まれたのだと思います。

「火」は「穂」と同音で、稲穂の意味があります。ですから「火照」は、穂が熟する頃を表します。「火須勢理」は、火が燃え盛っている様子で、成長期を表します。「火遠理」は、火の勢いが弱る様子で、実りの時期を表します。
実は、暑い火の話では無く、農耕文化を表していたのです。
海幸彦・山幸彦には、子どもも興味を持つ話があるのですが、次の機会に譲ります。

日本神話には、にまつわる話が多く出てきます。
12代景行天皇の子 ヤマトタケルノミコト(日本武尊)が、蝦夷(エゾまたはエミシ)征伐のため東国に赴いた時、駿河の国に入ると、蝦夷は言葉巧みに日本武尊を鹿狩りに誘い、枯れ草の広がる草原に連れ出しました。

そこで蝦夷は不意に四方から枯れ草に火を放ちました。武尊は燃え迫る炎を必死で防ぎながら、叔母のヤマヒメノミコト(倭比売命・伊勢の大神宮に仕える)から授けられた天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)を抜いて枯れ草をなぎ倒し、それに火を放って迎え火としました。するとたちまち風の向きが変わって、火は蝦夷の方へと燃えて行き、日本武尊は難を逃れることが出来ました。

後にこの剣は、草薙剣(クサナギノツルギ・皇位継承の証となる三種の神器の一つ)と呼ばれ、その土地は「焼津」(現在の静岡県焼津市)と名付けられたと言われます。

古代から「火」は神聖なものとして扱われていたので、神事に(仏事でも)火が使われています。火が焼き払うことによって、全ての穢れや罪悪が消滅すると信じられています。全国各地の神社仏閣で催される「火祭り」などがそうです。どんど焼きもその流れです。

昔京都の鞍馬寺で、大きな松明を振りかざす火祭りを見たのを思い出しました。お陰で、きょうも熱中症に罹らずに過ごすことが出来ました。




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