幼児教育を語るひろば

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樅の木は残った

奇跡の一本松
大津波から生き残った奇跡の一本松(岩手県陸前高田市高田松原)の話は、東日本大震災の被災者はもとより、全国の人々を感動させました。7万本の松が押し流されたのに、たった1本残ったのですから、その強い生命力には驚くばかりです。
被災地の人々に生きる力として、復興のシンボルとして、きっと大きな支えになったことでしょう。

奇跡の1本松も根が塩害によって腐り始め、多くの人に見守られてきましたが、とうとう枯れてしまいました。そこで復興のシンボルとして、永久保存されることになりました。保存には多額な費用がかかるので、賛否両論あったと聞きます。県では募金活動も行って、費用の捻出に努力しています。

被災者たちが1本松に託す思いと、私たちのように災害を受けなかった者との思いは違うはずです。
ある人は津波で命を奪われた人への鎮魂のために・ある人は1本松と共に生き残ったわが身を励ますために・ある人は復興の支えとするために・・・・ 色々な思いを1本松に託しているのです。


樅の木は残った
(奇跡の1本松とは関係ありませんが、伊達藩の物語であり、原田甲斐の思いも1本の樅の木として残ったことに、因縁を感じます。)

伊達騒動を描いた山本周五郎の「樅の木は残った(新潮社・山本周五郎小説全集)」を、また読み返してみました。

作者は、伊達騒動では逆臣と言われた原田甲斐を、徳川幕府の大藩取り潰し政策から守ろうとした人物として、人間味豊かに描いています。

小説の最後に、甲斐の死を知った宇乃という女性を通して、こう書いています。

伊達家の安泰。長いあいだ禍のたねであった一ノ関が除かれ、伊達六十余万石と、多数の家臣たちの将来が安全になった。もしそれが多年の念願であったのなら、どういう死にかたをしようと、世評がどんなに悪かろうと、甲斐にとってまったく問題ではないであろう。
(中略)
 ・・・・・高廊下をゆき、もういちど左に曲ると、原田家の座敷の前へ出た。宇乃はそこで立停って、昏くなりはじめた庭のかなたを見た。そこに樅の木があった。彼女の眼は蘚苔(こけ)の付いた石灯籠も、境の土塀も見ず、まっすぐにその樅の木を見た。
(中略)
宇乃が高廊下へ座ったとき、こまかな雨の中に、白いものがちらちら混るのが見えた。 「おじさま」 宇乃は樅の木に向かって、口の中で囁きかけた、 「・・・宇乃でございます」 眺めているうちに、白いものはしだいに多くなり、そのため、くろぐろと枝を張った樅の木が、はっきりその姿をあらわすように思えた。



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