幼児教育を語るひろば

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善と悪

石川や 浜の真砂は 尽くるとも
    世に盗人の 種は尽くまじ


石川五右衛門の辞世の句と言われます。
現代も、振り込め詐欺・無謀運転・凶悪殺傷事件・・・・ 相変わらず悪は尽きません。

人間の行為を性善説・性悪説に分けて考察すれば、諦めもつくのですが・・・・
でも、そうは行きません。「蜘蛛の糸(芥川龍之介)」のカンダタのように、悪人にも良心のかけらが隠れていますから・・・・ 逆に、善人にもちょっぴり悪心が潜んでいます。

良心と悪心の育つチャンスは、2度あります。それは幼児期の第一反抗期と、青年前期の第二反抗期です。
(もちろん善悪の心は、連続的に育ってはいます。)

幼児期は言い替えると、「しつけ」の時代です。「しつけ」とは、良いことと悪いことのけじめをつけることです。
この時期の良い悪いは、親の判断で決まります。親が悪いということは悪く、親の規範に合わなければ叱られます。親に褒められること認められることが、良いことです。子どもの価値判断に拠るものでありませんから、他律的な道徳観の時代と言えます。

一方で幼児期は、自分と他人・情緒や知性・具体性と抽象性・・・・ などが、極めて未分化な時代です。つまり自己中心的な時代です。そこへ親の道徳観を押し付けるのですから、よほど親子関係が良く無いと、子どもの道徳的心情は育ちません。

幼児期の道徳教育は、親子の情緒的交流の中に「しつけ」がどう位置づけられているかということです。 
(情緒的交流の前提条件は、母親の笑顔です。)

先日もスーパーの中を、大声をあげて走り回る幼い兄弟を見かけました。母親は買い物に夢中で、彼らの行為に無関心です。人の集まる場所では、子どもの要求・感情・性格・・・・ などを、親はどうコントロールしたらよいか?
(平常の情緒的交流が、ものを言います。) 

子どもの発達は、遺伝的な要素が半分と(個性として表れる)、あと半分は生育環境によって支配されます。後者は、特に親子の人間関係の中で発達します。道徳性は、親子関係が決め手です。子どもをコントロール出来るのは、幼児期だけです。

青年前期になると、自我が確立してきます。子どもなりに、思想・信念・理想・人生観・・・・ などが、形成されます。自己主張や自己実現の欲求が、強くなります。

自我の発見に気づくと、自分を他とは違う存在として見るようになります。自己分析や自己批判から、孤独感・無力感・劣等感・・・・ などを抱くようになり、人生について悩むようになります。

自分と相容れない考えや、自己の要求を妨げるものは否定し反抗し、時には抹殺しようとします。それが出来ない子は、現実を避けて引き篭り、益々孤独になります。青年前期(第二反抗期)の特徴です。
こんな時期だからこそ、大人としての道徳性を育てるチャンスなのです。

彼らの本心は、自分を理解してくれる人を求めています。自分が安定出来る場を、求めています。ですから彼らが安心して付き合える人間関係さへ構築出来れば、大人の忠言にも素直に耳を貸すようになります。

どうか青年前期の子どもたちとしっかり向き合って、真剣に善悪について討論してみてください。彼らもそれを求めています。


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