幼児教育を語るひろば

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愛情いろいろ

雪景色
 2月29日・東京は雪  (わが家のマンサクも雪化粧)


「愛情」という言葉を、辞書でひいてみました。
特に親子や恋人・夫婦の間で相手をいとおしみ大切にしようという気持ちをさして、
やや改まった会話や文章に用いられる漢語。


そして室生犀生の作品「杏っ子」から引用して、「女の人の心には、いつもピアノのような音色がある。(中略)愛情だって、ピアノが鳴るようなもの。」と、書かれていました。
          (「日本語語感の辞典」・中村明 著・岩波書店)

瓜食めば子ども思ほゆ 栗食めばまして偲ばゆ 何処より来りしものぞ 眼交(まなかい)にもとな懸かりて 銀も金も玉も何せむに 優れる宝子にしかめやも

万葉集で山上憶良が歌っています。子を思う親の気持ちの代表作です。
もっと親の愛情を強調した諺があります。

焼け野のきぎす(雉子) 夜の鶴 

キジは巣のある野原が焼けると危険を省みずに子を救うし、ツルは霜の降りる夜になると子を羽でおおって暖めるほど愛情深いことを教えています。

親子の愛情は、人間性の問題より本能的なものです。それなのにわが子を虐待して、時には死に至らしめる事件が後を断ちません。子どもの方も、家庭内暴力で親を傷つけます。どこで狂ってしまったのでしょうか?

愛情は与えるもので無く、受け取るものだと言われます。
押しつけの愛情は、負担になるだけで、有難いとは感じません。

子どもの体調がよく無ければ、親はすぐに気づきます。それとなく、子どもの健康状態に注意しているからです。熱を測ったり、薬を飲ませたり、医者へ連れて行ってくれたりします。子どもが、親の愛情をいちばん感じ取る時です。

愛情と言う名の過保護は、愛されるだけで愛することを知らない子を育てます。
子どもは初めのうち何不自由無く育っているようですが、やがて過保護が負担になって来ます。かまわれ過ぎは、自立困難な子を育てる心配があるのです。

愛情と友情は、似て非なるもがあります。
かって小学校6年生の子どもたちに「どんな友だちを求めているか?」を、聞いたことがありました。

いっしょに遊べる子・気が合う子・やさしい子・親切な子・相談できる子・・・・ こんな答えが返ってきました。
勉強ができる子・まじめな子・礼儀正しい子・家庭が豊かな子・・・・ など、親が期待しそうな答えはありませんでした。

子どもたちは、お互いが信頼し合える・分かり合える関係を求めているのです。
だから親が「あんな子と付き合ってはいけない!」と、いくら言っても離すことは難しいのです。

青年期の恋愛は、性の問題もからんだ特徴的な愛情表現です。また人としての、「生き方」の問題も含まれます。
年齢や程度の差はありますが、親とすれば愛情とは認め難く、単なる不順な異性問題として扱いがちです。

特に女の子の親にその傾向が強く、「まだ早すぎる!」という言葉で愛情を否定します。背景には性の問題があり、女性は被害者的立場になり易いこともあるからです。

恋愛問題で悩む娘や息子は、大人へ第一歩を踏み出したのです。異性を愛することを通して、親の生き方を学ぶ時なのです。

「真実の愛は幽霊のようなもの、誰もがそれについて話すが、見た人はいない。」と言います。でも「1ペニイの愛情は、1ポンドの法律に匹敵する。」とも言われます。

ゲーテは 「恋人の欠点を美点と思わない者は、愛してはいないのだ。」 と、言っています。


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