幼児教育を語るひろば

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子どもの考え方

子どもとはそういうもの
「注意した時は分かるのだが、すぐに忘れて言うことを聞かない・かんしゃくを起こす
・乱暴する・・・・ どうしてだろうか?」
こんな質問をよく受けます。

朝令暮改は日常茶飯事、思いつきの言動が多いのも子どもならではで、いちいち気にする必要はありません。それに子どもの考え方は、大人とはずいぶんかけ離れています。でもゆとりを持って子どもの様子を観察してみると、考えは行動に現われます。
それを捉えれば、適切なアドバイスが出来るのです。

特に幼児期は、数量・分類・順序付け・空間・時間・・・・ などの概念が未発達です。加えて自己中心的ですから、あせらずに「子どもとはそういうもの」という見方が必要です。


短絡的な思考
いまの子どもたちは、映像的なコミニケーションの中で遊ぶ機会が多いのです。マンガ・テレビ・電子ゲーム・携帯・スマホ・・・・ に、どっぷり浸かっています。仮想体験が主で、実体験が乏しいのが特徴です。
そのため直感的な思考力や感性は優れているが、具体的あるいは論理的な思考力は育ちにくいと言われます。それではどうしても、短絡的な考え方しか出来ません。

幼児期は、生活領域が拡がる時です。自律性・社会性の発達を促す時期でもあります。それには友だちを一杯つくって、ギャングエージらしい遊びに熱中して欲しいと思います。また知識欲も増す頃ですから、絵本に親しんだり工作を楽しんだりすることも大事です。

子どもの思考力にも、発達の順序があるのです。具体物に触れ、自ら探求する経験が深まってこそ、考える力も伴って来ます。


環境で育つ
生育環境によって、考え方が変わります。でも子どもは生育環境を選べないので、朱に交われば赤くなります。

私が知っているK君は、中学生頃からタバコを吸うようになりました。家が飲食店という事情もありますが、父親がヘビースモーカーで「外で吸わなければよい」と、Kの喫煙を大目に見てきました。

普通中学生の喫煙は、好奇心や背伸びして得意になるタイプが多いのですが、Kの場合は家庭環境にも問題がありました。
生育環境は子どもが育つために必要な場ですが、良い悪いを判断するきまりを教える場でもあるのです。

だから悪いことは環境のせいにしなさい、と言うわけではありません。
「うちの子は、気が弱いので友だちに引きずられる。」・「うちの子は、悪く無い。」という声を、よく耳にします。これでは解決しません。類は友を呼ぶことを、自覚しましょう! 片思いでは、友人関係は成立しないのです。「類似性の原則」と言って、こちちの環境も相手と同じになっているのです。


子どもとウソ
3歳頃になると、子どもはウソをつくようになります。心理学者は、子どもが成長した証だと言います。正しいことを言葉に出して言えるのはもとより、自分の信じていないことも、言葉でまことしやかに話せるのは、未発達な子には出来ないことだというわけです。ですから幼児期のウソに、あまり目くじら立てて騒がないのも大人の知恵です。

ただ青年期になってもウソをつくのはその逆で、精神的に退行していると言われます。青年期になればウソをつかないという能力・モラルが、身についていなければならないからです。


遊びの重要性
いま夢中になって遊んでいる遊びの程度(内容)が、その発達段階に子どもが在るということです。普通は放っておけば、次の段階の遊びに進みます。ただ面白そうだからと遊びを固定化すると(高価な遊具を買い与えると、その遊びから離れられない。)、遊びの発展がありません。

子どもは、生まれながらにして科学者です。放っておいても、目につくもの・手に触れるもの・臭いのあるもの・音がするもの・・・・ 身の回りにある事象に興味関心を示して、自ら五感を通して探求活動を始めます。それが本能でもあるのです。

現代社会は、子どもから遊びを奪うような事情があります。少子化は勿論、受験勉強に追われる子・学校でも家庭でも発散出来ないでいる子・親の過干渉に悩む子・放任されている子・・・・ など、遊びを必要とする子がいっぱいいます。それに遊び場も少なくなり、危険も増えました。子どもたちが安心して遊べる場所や機会をつくるのが、大人の急務です。


なぜ? どうして?
「なぜ? どうして?」と言う子どもの問いかけが、少なくなった気がしませんか?
赤ちゃんは、母親や父親が来ると喜びますが、見知らぬ大人には不安な様子を示します。この不安な気持ちが、「なぜ? どうして?」につながります。やがて、探求心に発展するのです。

映像的なコミニケーションだけでは、なぜ? どうして? の気持ちが起きません。原因と結果さえ分かれば、経過を問題にしないので、疑問の気持ちが薄らぐからです。

思い切って、テレビ・マンガ・ゲーム・・・・ などから離して、子どもを外へ連れ出しましょう! 外は、子どもの好奇心・探求心をくすぐる事象で溢れています。お宅族になってしまうと「なぜ? どうして?」が、必要無くなってしまうのです。


アニミズム的思考
子どもは、すべての自然物に生命があると思っています。
ただアミニズム的思考と言っても、発達段階によって違いはあります。生物学的な「生命」というより、「存在」するという意味の方が強いようです。

未分化な思考力ですが、大事にしたい子どもの考え方です。やがては理論的な思考力に発展します。他の動物には無い思考能力とも言われます。

アニミズム的な考え方にも、はじめは、動かないもの(石・食器・建物・山・・・)に命があると思っています。「石を蹴ったら痛がる」と、信じます。やがて動くもの(ボール・雲・川・電車・・・)に、命があると思うようになります。「雲は動くし形も変わるから生きている」と、言います。

次には自分の力で動くものが、生きていると思うようになります。子どもは、飛行機・時計・自転車などを挙げます。この頃までは、物理的なものにも生命力があると信じています。

いつまでもアニミズム的な考え方が残るのは、動植物です。草花・樹木・小動物・・・ などがそうです。「花がしおれて可愛そう」・「猫が寒そう」・・・・ などと、心配します。
子どものアニミズム的な考え方は、思考力の基礎です。大事にしないと、経験も知識も深まりません。


子どもに分かって欲しいと思う大人の考えと、子どもの受け止め方にはずれがあります。このことを理解しないで子どもを指導しても、かえって悪い方向へ押しやってしまうことがよくあります。気をつけましょう!


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