幼児教育を語るひろば

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個性と学校

閉園式
武蔵野市立境幼稚園は、今年度限りで39年間続いた幼児教育の幕を閉じます。
それに伴い、昨日閉園式がありました。

寂しいというより、残念な気持ちでいっぱいです。
少子化に始まり働く母親が増えたことで、幼稚園の保育園化ニーズが強まりました。
時代の流れのようです。

境幼稚園も、半民営の「子ども園」に吸収されます。
子ども園の評価は、まだ未知数です。
境幼稚園で築かれた良き伝統と教育の成果が、新子ども園に継承され生かされる
ように願っています。


個性と学校
教育界では、「個性を生かす・伸ばす」という言葉がよく使われます。私もそうでした。
「個性」は、「素質」と同じと考えて良いと思います。
個性は、成長してもなかなか変わるものではありません。長い教師生活からも分かります。

赤ちゃん時代は勿論ですが、幼・小・中学校と進んでも、個性は色々な場面で顔を
出します。特に性格的な感情や欲望は、大人になっても子ども時代と変わりません。

幼稚園からの学校教育では、個性を生かす・伸ばすために努力しています。でも実際は、表面的な働きかけしか出来ません。むしろ個性を押さえつけてしまうことも多いのです。

天才と呼ばれる子どもは、学校教育に関係無くその才能を発揮して行きます。
芸術的な素質は幼児期から現われますが、政治・経済・哲学などの素質は成人に
なってから現れるようです。

だからと言って、学校教育で個性を生かしたり伸ばしたり出来ないとは言いません。少なくても、個性を伸ばす環境づくりを心がけています。そしてどこの学校でも、個性の芽を見つけたらタイミングよく伸ばす指導に努めています。

個性が変わらないのは、遺伝的な影響を受けるからです。でも個性と言えども、環境に適応する能力があるのも事実です。しかも人間は、環境から影響を受けると同時に、環境に働きかけるという相互関係力を持っています。
個性が学校教育で生かされる可能性は、十分にあるのです。

スペンサー(Herbert Spencer 1820~1903)は、「人々が完全な社会生活が出来るようにすることが、教育が果たさねばならない務めである。」と言いました。福沢諭吉も「学問のすすめ」の中で、同じようなことを説いています。明治以降のわが国の学校教育に、大きな影響を与えてきました。

「人間性」と言うと、個性が問題になります。一方で「社会性」と言えば、国民性(社会人)に関わってきます。
人間形成には、個人的な側面と社会的な側面があるのです。
学校教育では、人間性の指導が3分、社会性の指導が7分でしょうか?

人間性は、生まれ育った自然環境の影響を大きく受けます。だから私たちは、風土的な性格を備えているのです。それに個性がありますから、学校教育ではなかなか扱いにくい面があるのです。

学校は、社会人としての教育に力がかけられます。個人の形成は従的な扱いになりがちです。個性と学校が相容れない関係になる由縁です。

個性の尊重は人権尊重と重なりますが、この問題はまた別の機会に譲ります。



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