幼児教育を語るひろば

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朝礼の話

多くの小中学校では、毎週月曜日の朝に朝礼があります。 (戦後儀礼的な言葉を
嫌った名残りで、学校によっては朝会と言う。)
朝礼では、校長の話があります。 校長になった当初は、「どんな話をしたら子ども
たちが聞いてくれるのだろうか?」と、色々思案しました。
自分自身が小中学生だった頃は、校長先生の長話やダラダラ話に厭き厭きしていた
思い出があります。

「子どもたちに喜んでもらえる話、感動してもらえる話、それはどんな話だろうか? 
話したことが子どもたちに理解され、考えさせ、行動させ、あるいは創造的活動を
促すものでなければならない! 話す時間も長くて5分・・・・ 」などと、たかが朝礼
の話とは言え、話すことの難しさを自覚しました。


以前仏教講座で、比叡山高校の校長をなさった葉上照澄氏の講話を聞く機会が
ありました。

氏は、戦後はじめて、比叡山の「千日回峯」を成し遂げました。
雨の日も風の日も一日も休むこと無く、比叡山の山中を巡る過酷な修行です。
1947年からこの修行に入り、途中の1950年から比叡山高校の校長になり
ました。

当時の比叡山座主中山玄秀氏は、「何もせず何も言わなくてもよいから、その回峯
修行者の姿を生徒たちに見せてやってくれ。」と、葉上氏に言われました。

校長としてはじめて登校した時の様子を、葉上氏は次のように話されました。

「雨の日、日吉神社を通って、白装束でびしょ濡れになって校門を入り、濡れたまま
の姿で講堂へ行きました。そうしますと、私が何も言わぬ前にもうシーンとしていま
す。 なるほど、しゃべる必要は無いと思いました。 そこで、般若心経を読誦して、
それで終わりです。
校長が毎日命をかけて修行しているのですから、これが教育だろうと私は思いまし
た。その後ろ姿を見て、先生や生徒たちが、自分はどうするか考えてもよし、見過ご
してしまってもよし、それは、個々人の受け止め方の問題だろうと思っています。」


葉上氏のような後ろ姿を見せるのは、内容が無ければ難しいことです。いずれにし
ても、私は子どもたちに美辞麗句で飾った嘘偽りの話はやめようと決意しました。

小学校の朝礼は、聞き手が1年生から6年生までと、年齢幅があります。5・6年生
には分かっても、1・2年生にはチンプンカンということがよくあります。

ある年のちょうど今ごろ、朝礼で成人の日の話をしようと思って朝礼台に上がりまし
た。 台に上がって空を見たら、雲一つ無い澄み切った青空で、まだ陽射しの弱い
低い太陽でしたが、風も無く春を思わせるような穏やかな日和でした。

私は思わず「みんな空を見てご覧!」と、子どもたちに声をかけました。
葉上氏のような後ろ姿を見せることは出来ませんが、自然の姿を借用させてもらい
ました。子どもたちがどう考えたか? そのまま私は朝礼台から降りました。
でも職員からは好評だったのを、今でも覚えています。


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