幼児教育を語るひろば

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勉強漬け?

昨3日の午前中に、M市の八幡様へ初詣に行きました。
善男善女が集う中に、ひときわ目立つ統制された一団がありました。
全員が、「必勝」と朱書したハチマキ姿です。
胸には、「〇〇・・・」と進学塾名を記したゼッケンまで着けています。

塾に通う子どもたちが、合格祈願に訪れたようです。
その数は、100名を超えていました。
子どもたちは、先生から一人一人お守りを受け取っていました。

この光景を目にして、私は自分が受けた戦前の教育を思い出していました。
徹底した集団教育が行われていた時代ですから、教育システムそのものがベルト
コンベヤー式にコントロールされていました。
ベルトの上に乗っていれば教育上のトラブルはありませんが、そこから外れてしまったら大変です。学校はもちろん、家庭や地域社会からも阻害され追い詰められてしまいます。そして、教育に背を向けざるを得なくなります。

集団教育の恐ろしさは、それだけではありません。
学ぶ内容も学び方も、統制されます。行動力も創造力も、自由に発揮するわけには
行きません。それに人間性までも、否定される場合があるのです。

多くの塾教育は、入学試験や就職試験に合格すればよいのです。
その後、まともに学校生活が送れるか? 人並みの社会生活が営めるか?
そんなことは、あまり心配していません。
受験に有利な環境や人間を造るのが、目的です。
子どもを無視した、大人(親)の考える教育です。

丸暗記やガリ勉でパスしたもののそこまでが精一杯、後は生きがいを失って人生ゲームから脱落して行くのが殆どです。
逆に、新しい問題行動への出発点となる危険もあるのです。

進学塾の勉強は、元旦から始まっていると聞きます。
せめて三が日くらいは、子どもたちを家庭で過ごさせて欲しいと思います。
元旦からの塾通いが、子どもの発達や生活にどんな形でのしかかっているのでしょうか? 心配です。

塾が盛んなのは、少子化も関係すると言われます。
少ない子どもを大事に育てたいという親の気持ちが、勉強の出来る子に結びついて
しまったのです。 短絡した親の知的能力開発欲求が、塾教育という流行に乗って
しまったのです。

せっかくの親心が、子どもの立場や個性を無視して、その生き生きとしたエネルギー
を無駄にしかねません。ハチマキ姿の子どもたちは、表面的には塾の勉強に積極的
に参加しているように見えます。根性やガンバリに、溢れているようにも見えます。

でも疲れきっている子どもたちは、乗り物でも席を譲らないで居眠りをしています。
家族の一員として、家事を手伝うのも免除されています。子どもらしく、外で遊ぶ
こともありません。人間らしい感情の動きが、どんどん失われています。

子どもたちのイメージが、悪い方へ悪い方へと展開します。
私の思い過ごしでしょうか? 
人間造りに力を入れる良心的な塾も、きっとあると信じますが・・・・


 つまづいたって いいじゃないか
 にんげんだもの
         
                     (相田みつを)


コメント

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

  • 2012/02/02(木) 17:09:43 |
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  • 株の勉強 #-
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