幼児教育を語るひろば

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知恵袋

「ドジョウの地団駄」、という言葉があります。ドジョウを自認する野田総理には、くれぐれも自分の力量をわきまえて行動して欲しいと願っています・
わずかな知識しか持たない人は多く語り、真の識者は黙って実行すると言われます。政治家にそれを期待するのは難しいことでしょうが、色々と課題が山積している今の日本を考えると、期待せずにはいられません。


「おじいちゃんはわが家の知恵袋!」と言えば、家庭で一番の知恵者が、おじいちゃんであるという称賛の言葉です。

「知恵は金銀よりも慕うべく、宝石より尊し。(ソロモン)」 知恵が金銀宝石よりも尊いことは分かっていても、弱い人間のことです、つい目先の利益に目が眩んでしまいます。でもパスカルは、「人間は、1本の葦にすぎない。しかし、それは考える葦である。」と、私たちを諭しています。

人生にとって知恵袋(知恵・知識・知能・思考・思慮などを含めて)が、如何に大切か? 先人が、多くの金言を残しています。

「山高きがゆえに貴からず、樹あるをもって貴しとなす。人肥えたるがゆえに貴からず、知あるをもって貴しとなす。」 かっ幅の豊かな人が偉いわけではありません。
知恵袋の豊かな人が偉いのです。

「思考は行動の種子」と、エマーソンは言いました。行動を起こす前に、よく考えるようにという忠告です。
「論語読みの論語知らず」、という言葉もあります。いくら知識があっても、そこに説かれている本義を理解して行動しなければ、何も知らないのと同じです。つまり堂にのぼっても室に入らなければ、真の知恵袋にはならないということです。

「知恵と力は重荷にならない」、と言われます。どちらも、人生にとって大切なものだからです。
でも、一人の知恵には限界があります。そこで、「三人寄れば文殊の知恵」という言葉が生まれました。凡人でも協力して知恵を出し合えば、文殊様のような知恵が浮かんでくるというわけです。

「知恵負け」と言えば、知恵が有るために考えすぎて負けることです。「知育偏重」も、いけないと言われます。でも、どちらも知恵を否定しているわけではありません。
断片的な知識の詰め込みや、空暗記だけではダメということです。自分でも深く考えなければ、知恵袋は生かされて使われないのです。

知恵袋を豊かにするには、どうしたらよいでしょうか?
「読書百遍自ずから通ず」、と言います。知恵の獲得にも、継続が力ということです。
「下学して上達す」とも言われますから、苦労して勉強することも大事です。
「故きを温(たず)ねて新しきを知る」、ただ覚えるだけでなく、創造的な学習態度も
必要です。

せめてわが家の知恵袋となるために・・・・  求めよさらば与えられん!


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