幼児教育を語るひろば

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北杜夫の死を悼む

北杜夫は、私の好きな作家の1人です。
本棚を見回して見ても、「どくとるマンボウ航海記」・「どくとるマンボウ昆虫記」・
「マンボウ家族航海記」・「みつばちぴい」・「怪盗ジバゴ」・「消えさりゆく物語」
・「楡家の人びと」・「牧神の午後」・「南太平洋ひるね旅」・「夜と霧の隅で」・
「黄いろい船」・・「茂吉彷徨」・・・・ などが並んでいます。

中でも「月と10セント(マンボウ赤毛布米国旅行記)」は、愛読書の一つです。
昭和45年(1970年)1月から、朝日新聞の日曜版に連載されました。作者自身が、
躁鬱病の激しい中で書いた作品、と言っています。 歯に衣を着せぬ書きっぷりが、
年齢的にやや後輩の私にも共感をもたらします。


「月と10セント」第1章から

(前略) おれのせっかくの思春期、アメリカは日本をコテンパンに負かしたでは
ないか。
 原子爆弾のことも許せぬが、 もしあの恐怖がなかったら日本の軍部は降伏を
承諾せず、北海道や東北の一部はソ連の手に落ちていたかも知れぬ。日本人は
純情極まる国民だから、 そうなると東西ドイツや南北朝鮮よりよりひどい対立が
生じていたかも
知れぬ。広島で私の親しい知人は生命を失った。 しかし、そうした個人の悲劇と、
地球の運命とは、また別な基準によって判ぜねばならぬ。躁病となると、考え方も
一個人、一国家よりも、一遊星の範囲となってくる。

 原子爆弾よりもそのときの私の癇に触れたのは、終戦後、日本の支配者であっ
たマッカサー将軍の一言であった。彼はこう言ったそうだ。「日本人の精神年齢は
12歳である」 (中略)

 とにかく、躁病となった私は、 「日本人の精神年齢12歳」という古い文句を思い
出し、だしぬけに頭にきた。  ごもっとも、日本人は12歳。 たしかにその通り。 
そんなら、てめえ、てめえらの精神年齢は一体いくつだと言うんだ? 
私はアメリカへ行き、「老兵は消えてゆく」なんてしゃれた言葉を残して、その通り
消えていったその将軍の墓を、ぶち壊してやりたいといきりたった。 (後略)



その後作者は、誤解があったと釈明していますが、それでも日本人は心情的で
優し過ぎると、怒りを書き連ねています。
私は、こんな作者の気風が大好きです。ご冥福をお祈りします。



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