幼児教育を語るひろば

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伸び伸びと育てる

なでしこジャパン北朝鮮と引き分け (日本1ー1北朝鮮)
 五輪出場は オーストラリア・中国戦の結果待ちです。 
 現在男子サッカーも、「W杯アジア3次予選」を闘っています。
 俄かサッカーフアンの私ですから、話題の女子サッカーに目が行きます。
 男子が本戦に勝ち残り、ベスト8にでもなれば、すぐ変わるのですが・・・・



伸び伸びと育てる

「子どもを伸び伸びと育てる」ということは、現代子育てのキーワードになっています。
「子どもの自主性を尊重して、子どもの個性・可能性を伸ばす。」と、とても響きのよい言葉です。子育ての、いや教育の理想像のようにも受け止められています。

現職時代の保護者会でも、多くの親が、そう発言していました。
然し、実態はどうでしょうか?

学校でも地域社会でも、子どもたちの行動を見ると、疑問符を付けたくなります。
学校も地域社会も、学ぶにしても遊ぶにしても、色々な約束事があります。
伸び伸びと育てると言っている家庭にも、約束事はあります。

子どもたちは、それを守って行動しているでしょうか?
子どもの自主性に任せると言って、親は放任していませんか?
子どもを信じると言って、子どもの行動から目を逸らしていませんか?

町へ出てみると、決まりを守らないで・勝手気ままに・自由奔放に・自分本位の行動をしている子どもが、意外と多いのに気づきます。

書道で大切なことは、伸び伸びと書くことです。
でも書道の場合は、書道の基礎基本をしっかり取得しなければ、決して伸び伸びとした文字は書けないと言われます。

子育ても同じです。生活上の基礎基本(よい生活習慣・よい生活マナー)の指導を怠ると、伸び伸びと育てたつもりが、だらしない他人迷惑な子どもを育ててしまいます。

さらにこんな子どもは、大きくなるに従い、権利のみ主張して親を困らせる例がよくあります。権利の裏には、必ず義務があります。本当に伸び伸び育った子は、この義務を重視します。
人間としての義務は、世のため人のために尽くすことです。
義務の遂行があって、はじめて権利が生きてくるのです。

ルソーは、その著書「エミール」の中で、「子どもが教育を受けるのは、人間の義務を学ぶためである。」と言っています。
近代教育の基本となる精神の解放・自由を説いたルソーが、このように述べていることを、もう一度私たちも考えてみましょう。


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