幼児教育を語るひろば

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政治と教育

  防災の日 
 きょうは二百十日、暦通り台風12号が近づいています。
 大過無く、通り過ぎますように!


 なでしこジャパン1勝 (ロンドン五輪・アジア最終予選 日本3ー0タイ)


政界は、野田新体制がスタートしました。
新しい内閣は、日本の教育をどうしようと考えているのでしょうか?
期待とあまり変わらないと思う気持ちが、半々です。

政治と教育は、対比させる概念・価値ではありません。
でも歴史を紐解いて見ると、教育はずうっと政治に支配されてきたように思います。
教育が人を造り、人が政治を司るのですから、理屈を言えば教育が無ければ政治も成り立ちません。

人間にとって、なぜ教育が必要なのでしょうか?
教育の可能性は、どこにあるのでしょうか? 
と考えると、教育は良き成人・社会人を育てるために、大事な役割を担っています。
そこに、教育はより良い社会を造る可能性を秘めているのです。
こう考えると、政治と教育は同格です。

福沢諭吉は、その著書「学問のすゝめ」の中で、「世帯の学問」・「帳合の学問」
・「時勢の学問」と、いわゆる「実学」をすゝめています。
実学こそ、当時の政治に即役立つもので、政治の基盤でした。
そうなると教育は、政治の上に、またはその前にある存在と言えます。

私たちは、個としての人間であると共に、国家という組織の中の国民でもあるのです。
そして私たちは、国民として政治と関わって生活しています。

國民として生活して行くからには、政治が教育を支配するのもやむを得ないという考え方もあります。
しかし政治は、民主的・文化的国家を築くためにあるのです。その国家に役立つための国民を育成するのが、教育です。政治は、教育によって支えられているのです。

問題は、国家体制が私たち個人としての人間、あるいは社会人としての国民の自由を束縛することです。少なくとも教育の内容や方法は、私たちに(地方教育行政機関・学校に)任せることです。
政治が教育の目的を歪めるようなことがあれば、その国は必ず滅びます。 歴史が、
それを証明しています。

政治が教育にどう関わるかは、教育基本法に示されています。
「教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければな らない」 と。

このようなタイトルでブログを書いているのは、やはり野田新体制の教育行政に期待を込めているからです。


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