幼児教育を語るひろば

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梅雨と子どもたち

「鬱陶しい梅雨の季節を、如何お過ごしですか?」
 こんな書き出しで、知人へ手紙を出しました。

古い中国の文献によると、梅雨の語源は「梅の実の熟する頃の雨だから梅雨」とか、
「カビが生える頃の雨だから黴雨」とか・・・・ 
前者の方が、きれいな表現ですね。

梅雨は、大人にはどうしても陰気で憂鬱な季節と映ります。
実際、空がどんより曇って小雨がしとしと降っていれば、心も滅入りますし気も
晴れません。

ところで子どもたちは、梅雨の季節をどう見ているのでしょうか?
自分が子どもだった頃を、思い出してみました。

学校へ行くにも、道路は今のように舗装されていませんから、泥んこ道です。
だから雨が降ると、道はすぐにぬかるみ状態です。長靴を履かないと、とても
歩けません。それよりも、長靴を履くのが嬉しかったように覚えています。

道路のあちこちに、水溜まりが出来たり、急造の小川が流れたりします。
そこを水しぶきを上げながら、(泥んこ水を跳ね上げながらと言った方が正しい)
長靴で得意になって歩き廻りました。

傘を持っていても、男の子はささずに歩くのが格好いいということで、振り回しながら
歩きました。もちろん学校に着く頃は、体はびしょ濡れです。先生に、きつく叱られた
のを思い出します。
子どもは、大人が考えるほど梅雨が苦では無かったようです。むしろ、雨降りの日を
楽しんでいました。

現在も、雨の日幼稚園で子どもたちの様子を見ていると、水いたずらや泥んこ遊びで
はしゃぎ廻るのが大好きです。どの子も、それが普通です。 (本能的な行動)

雨に濡れた後や泥んこで汚れた後の体や衣服の始末さえ出来れば、こういう体験
は、子どもたちに一杯させてあげたいと思います。きっと、情緒の安定した子が育つ
はずです。

それにしても都会では、長靴をあまり必要としなくなりました。都会には、もう自然が
無くなったとも言えます。 本能的な活動が抑制されるようになると、子どもが育つ
環境としては問題があります。

きょうの東京の雨は、梅雨らしい雨です。でも九州南部は、どしゃ降りの豪雨になって
いました。 梅雨は生物に必要な恵みの雨でもありますが、災害をもたらす恐ろしい
雨にもなるのです。

梅雨のある日本列島、私たちはどう向きあって生活したら良いか? 
その知恵が、いま問われます。

梅雨空に、こんなことを思い巡らしました。


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