幼児教育を語るひろば

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最高の教育(2)

前回の内容とは矛盾するようですが・・・・

学校は、勉強するところです。その考え方に間違いはありません。ただ勉強というのは、自発的な努力によって学習することです。そう考えると、学校の役割も変わって
きます。単に、知識や文化を伝授する場ではありません。子どもたちが、自主的に
学ぶのを助ける場です。 つまり、子どもが学習するためのエネルギーを補給する
場です。

進化の歴史をたどれば、私たちは本能的に探索衝動を持っています。
生きて行くためには、食べ物を見つけなければなりません。 見慣れない物は全て
危険ですから、自分の身を守るために、身の回りの事象を知り尽くす必要があり
ます。そして危険な物と安全な物を区別して、それを活用しなければなりません。

探究心や好奇心は本能的なもので、自主的に学ぶ力そのものです。それは教育の
基盤で、そのお陰で人類は進歩し発展してきました。言い換えれば、子どもは生まれ
ながらの科学者とも言えます。
ですから最高の教育とは、子どもの自主的な探究活動を助長することにあります。

絵画的描写力の発達を調べた調査記録があります。
1歳半の子どもたちに紙と鉛筆を持たせると、先ず鉛筆で紙の表面を叩きます。
そのうちに、鉛筆の芯が紙の上にしるしを残したり線がひけたりするようになります。
2度・3度と繰り返しているうちに、紙の上は、線で一杯になります。
満2歳を過ぎると、秩序の無いなぐり書きが、紙面を埋めるようになります。
3歳になると、メチャメチャだった線が、単純化してきます。その後数ヶ月もすると、
十字・円・四角・三角・・・・ などの形が描けます。
さらに円を十字で切ったり、四角を対角線で結んだり出来るようにもなります。
3歳後半から4歳初めが、絵画的描写の初歩期です。

誰に教えられなくても、この歩みは、自ら学ぶ力によって獲得されます。
この場合、どんな援助が必要でしょうか?

イタリアのモンテッソーリ (Maria Montessori 1870~1952) 女史の教育法は、
モンテッソーリ法
として知られています。
特に幼児教育に携わる者から支持されています。

彼女は教師の役割について、次のように説いています。

教師は子どもの自分の仕事に正しく向かわせ、用具の正しい使用法を教える。
教師は新しい困難が、いつ子どもに生ずるかに注目する。
教師は子どもに気づかれないようにして、その発達を導いていく。
教師は見守っており、必要な時にのみ、静かに、しかも断乎として、秩序を乱したり、
不親切な行為をしたりすることを中断させるように干渉する。


彼女は教師(teacher)という言葉を嫌い、指導者(director)を用いました。


子どもが自主的に学ぶのを助ける場が、学校だと言いました。 子どもの学びたい
欲求を満たしてやる場と、言い換えてもよいと思います。 そのためには、教師は
これから先の学習に必要な可能性が、子どもたちにどれだけ育っているかを知ら
なければなりません。可能性とは、子どもたち自身が自分で自分を教育する能力
のことです。学力と言ってもよいと思います。

ただここで言う学力は、広義なもので、集中力・忍耐強さ・運動能力・創造的活動
・指導力・奉仕の精神・・・・ なども含まれます。
象牙の塔的な雰囲気がある学校は、とかく現実社会とかけ離れた感覚があります。
そこで学校教育では、知識重視教育に偏らず、子どもたちの自主的な判断力や、
社会性・人間性を育てるためのカリキュラムを作成しなければなりません。
それが、最高の教育力となります。


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