幼児教育を語るひろば

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手には目がある

阪神大震災から16年になります。のど元過ぎれば暑さを忘れるで、歳月と共に当時の記憶が薄れてきました。
震災で6千人以上の人が犠牲になり、住み慣れた土地を離れた人も十万人を超えました。この悲しい出来事は、決して忘れてはなりません。
災害は、忘れた頃にやってくると言われます。阪神大震災の悲劇を繰り返さないためにも、先ず身の回りの防災対策を再チェックしたいと思います。


手には目がある
白内障の手術に始まって、昨年末から病院通いが続いています。現在は、肺癌の疑いで武蔵野赤十字病院で検査中です。

最近の病院は、施設設備が整い、医療機器も完備しています。CT・MRI・PET/CT(これは東京医科歯科大で)・・・ などの、検査を受けました。その他血液検査・レントゲン・心電図・・・ と、診断は殆ど機械のお世話になる仕組みです。

病院へ行くと、先ず自動受付機で受付を済ませます。受付機からは、受付番号・診療科目・診療内容などが記載された用紙が発行されます。それを持参して、診察を受ける科へ行きます。各診療科の前には、電光掲示板があって、受診の順番が表示されます。

それから医師の診察を受けますが、どうしても検査結果の説明や、それについての
対策が中心になります。
確かに最新の医療機器による診断は、科学的で正確です。病気の原因を突き止め、適切な処置を講じるには必要なことです。

でも昔のようにお医者さんや看護師さんが、患者の額に手を当てて熱を調べたり胸に聴診器を当てながら世間話を交えて病状を聞き取ったりする風景は、少なくなりました。医療機器による検査は、気の弱い私にとっては脅威で、かえって病気が重くなるような気もします。

診察が終わると、コンピューターで次の検査や診察が予約されます。それから、会計までの行動が指示された用紙を受け取ります。会計を自動精算機で済ませ、領収書や予約票を同機から受け取って帰ることになります。

機械化・合理化された病院運営は、確かに効率的です。多くの患者を処理するには、止むを得ません。ただ最近の病院は、年寄りの患者でいっぱいですから、機械の前で戸惑っている姿をよく見かけます。(武蔵野赤十字病院では、ボランティア? の人たちが、そんな年寄りの世話をしてくれていましたが・・・)

看護師さんの「看」という字は、手を目の上にかざしてよく見るということです。手には、目があるという意味もあります。現代の大病院では、死語になりつつあるような気がします。
ついでに「掌(たなごころ)」という字は、手には心があるという意味です。

手には目があり心があるような、そういう暖かい人間味のある診察や治療が、機械優先の今こそ、もっと必要なのではとつくづく思うこの頃です。

子育ても、手に目があり心がある親業であって欲しいものです。


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