幼児教育を語るひろば

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成人の日

旧暦の頃は、正月を迎えればもう春でした。明治になって太陽暦が採用されると、
それが少し狂ってきました。
正月を春と考えるか、冬と考えるかでは、生活上の心構えも違ってきます。

正月はみんなが睦まじくするので、睦月(むつき)と呼ぶのが定説です。
でも日本は、農業国です。正月は(旧暦の)、農家の事始めの月です。稲の実(モミ)を初めて水に浸して発芽の準備をします。だから実月(みつき)と言ったのが、睦月になったという説もあります。
今年の旧暦の元日は、2月3日の節分の日です。農家の人たちは、その頃から農作業の準備を始めます。


成人の日
明10日は、成人の日です。
最近は少なくなってきたとは言うものの、毎年荒れる成人式が報道されます。成人とは、1人前としての能力が認められることです。単独で、法律行為ができるようになります。 民法では「満20年を以て成年とす」とありますので、20歳になれば親権は
終了します。社会人としての自覚と責任が、新成人に要求されるのです。

酒やタバコも許されますが、何より大事なのは、選挙権が与えられることです。国家の運命を、新成人たちも直接担うようになるのです。

江戸時代、侍の子(男子)は、16歳で元服しました。(町人の子もこれに準じました) つまり16歳が、成人の日でした。烏帽子をつけて祝ったので、烏帽子の祝いとも言います。童名を改めて、大人としての正式の名をつけました。町人の子は、前髪を剃り落とす儀式が中心でしたから、前髪落としの祝いと言いました。

ただ侍の子は、12歳になると「素読吟味」という試験があって、これに合格して16歳で元服すれば、一人前の侍と認められる仕組みでした。(別に「学問吟味」という試験もあった)

家庭の都合で(跡取りを急ぐなど)、「素読吟味」に10歳くらいで合格して、13歳で
公年として元服を許される場合もありました。
(公年・私年という歳の数え方があった)

女性は15歳になると結髪(くしあげ)の祝いがあり、社会人として認められました。
だいたいこの頃に結婚し、歯を黒く染め、眉を剃り落とし、髪を丸髷に結いました。
腰巻きを着けるのも、結髪後でした。

いずれにしても江戸時代の子どもたちは、早くから成人としての自覚と責任を要求
されていたのです。
親権の保護下では、居住や職業などの自由が制限されていましたが、これからは
自分の意志と判断で行動できます。 新成人たちが、親権に甘えていた生活から
脱却して、社会人として幸先よいスタートを切って欲しいと、心から願っています。


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