幼児教育を語るひろば

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子どもと共に学ぶ

教師は指導方法や指導技術が優れていなければ、一人前とは言われません。確かにそれは教師の資質として、重要な部分です。あえて部分と言ったのには、わけが
あります。それが、教師の資質の全てでは無いからです。

私は長年小学校に在職した後、幼稚園に勤めました。毎朝園の正門で、子どもたちを迎えました。

子どもたちは「おはようございます!」と、元気で登園してきます。「園長先生ホラホラ・・・」 小さな拳の中には、ダンゴムシが丸くなっています。「先生にあげる、きれいでしょう・・・」と、しおれかかったヒメジオンの花を渡してくれる子もいます。マスクをした子が「園長先生は、風邪ひいていない?」と、心配してくれます。

教育は、教える者と教えられる者との信頼関係の上に成り立つことは知っていましたが、それを実感するひと時でした。理屈ではありません。人を信じる・愛するという心情によって、教師の仕事は支えられているのです。

指導方法や指導技術のいくつかのパターンはありますが、本質は一人ひとりの子どもから学ぶ(教えられる)ものです。毎日園児たちと一緒に生活しているうちに、それが分かりました。子どもたちと触れ合う中から、方法や技術が分かって教師に伝わるのです。

「子どもと共に学ぶ」という言葉は、小中学校でもよく言われます。でも一方的な押し付けの授業からは、期待できません。

教師が子どもとていねいに付き合い、互いに信頼し合う時に、子どもは本心を見せて
くれます。その時はじめて子どもが理解でき、相互の信頼関係が生まれるのです。
幼稚園に勤めたことは、私にとって教師の資質を考えるよい機会になりました。

子どもと共に学ぶということは、そんなに難しいことではありません。一緒に遊ぶ、
つまり生活の場を共にするということです。
生活の場を共にするというのは、松下村塾を開いた吉田松陰の教えでもあります。

子どもと共に学ぶ中で、気をつけることが一つあります。 それは、教師の言葉です。
ちょっとした褒め言葉が子どもを励ますように、心にも無い叱責が子どもの心を傷つけることがあるということです。

教師の言葉は、子どもたちに大きな影響力を持っています。つまり、教師の人柄・たしなみ・心ばえの問題でもあるからです。


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