幼児教育を語るひろば

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再々教師論

これは、教師というより人間の資質の問題ですが・・・・

教師が児童買春で摘発される・教師が帰宅途中の女性を襲う・教師が1人住まいの女性宅に忍び込む・教師が女子トイレに盗み撮りのビデオカメラを設置する・・・・ 
あってはならない事件が続きます。

教師は、如何にあるべきか? このことについて、このブログでも何回も取り上げてきました。
ある時は指導力の問題で、ある時は専門職としての資質の向上を願って、ある時は使命感・やる気・情熱を高めるために、・・・・ 教育の本質・教育に関わる教師の資質について、訴えてきました。 でもこう事件が続くと、そんなことを期待するのも虚しいような気がします。

事件からも、「採用試験をパスすれば教師の資質は備わっている」というものでは無いことが分かります。人格形成上の問題ですから、試験では把握できません。
「教師は必ずしも教育者では無い」を、裏付けるものです。

「教育は人なり」と、言います。 幼稚園教育の父と言われるフレーベル(1782~
1852年)は、有名な「人間教育」の中で、教師についてこうを説いています。
(少し神がかった話ですが・・・)

「人間と自然は、神から生れた。人間と自然は、神によって規定される。そして、神の中に生存することを教える。 それを実生活に役立たせるのが、教育の務めである。
教育によって、自分自身を明らかにする。また自然と調和し、神の教えと一体になる
ように子どもたちを導く。更に神と人間と自然の関係を理解させ、それによって神の
摂理に従った純潔・神聖な生活を営むようにさせる。・・・・」


要は、「神に恥じない生き方を指導しなさい」ということです。

フレーベルは、「神の力が何の妨げも無く働くときは、結果は必ず善である。」と言い
ます。そして教育の核は、神から生れた人にあるとも言っています。

神がかりの話はこのくらいにして、どうしたら破廉恥教師を無くせるでしょうか?
校長や幹部教師を中心に、教育の核づくり・人間づくりに取り組んで欲しいと思います。 具体的には、若い教師を飲み会に誘って教育談義を交わすのもよいでしょう。
教師同士のサークル活動(読書会・器楽演奏やコーラス・芸術鑑賞・スポーツ・・・)
を奨励し、教師間の人間関係を深めるのも効果があります。

いずれにしても、教師が(特に若い教師が)抱えているストレスや悩みを、汲み取ってあげる機会や場が必要です。「小人閑居して不善を為す」です。若い教師たちを孤独にさせないこと、教育活動に意欲を持たせることが大事です。もちろん、若い教師だけの問題ではありませんが・・・・

性産業時代と言われ、性的な刺激が巷に溢れています。それと比例して、性犯罪も増加しています。残念ながら、教育界も聖域ではありません。
始めにも書きましたが、教師の破廉恥な事件は、教師の資質というより人間の資質の問題です。人格形成の段階で家庭・学校・地域社会の教育力の向上強化が、求められているのです。

蛇足ですが・・・
人格の基礎は、家庭で培われます。言い換えると、家庭は人間形成の場なのです。性の問題も、家庭での親の生き方から学ぶと言われます。
性犯罪の背後には、異常な夫婦関係や崩壊家庭で育った子供たちが関わっている
のも事実です。教師の資質も、育った家庭環境と関係があります。


 

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