幼児教育を語るひろば

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秋を見る

ブログ拍手
前回のブログに、拍手が多数寄せられています。珍しいことでもあり、嬉しいことでもあります。
先日のクラス会に参加した教え子たちが、目を通してくれているからだと思います。
お礼申し上げます。またお暇の折に、覗いて見てください。


秋を見る
昨夜 東京・練馬は天候に恵まれ、十五夜の月を見ることが出来ました。ほんとうは今夜の方が、望ですからまんまるのお月様です。でも全国的に雨のようです。
昨夜お月見が出来て、幸せでした。

十五夜の月に対して今夜の月は、十六夜(いざよい)の月と呼ばれフアンも沢山います。月を愛でる夜は、更に続きます。「立待ち」・「居待ち」・「臥待ち」・「更待ち」・・・ と。でもこの頃は、そんな暇は無いようです。

「対月忘西」という言葉があります。東に月が昇るのを待つあまり、西の浄土への信仰を忘れるということです。信仰をおろそかにすることを、戒めたのだと思います。
ですからお月見も、宗教行事と関連が深いのです。

「名月台風」という言葉もあるそうです。仲秋の名月の頃は、大潮で台風シーズンとも重なります。過去にも高潮の被害を受けた記録が、各地に残っています。

名月や 門にさしくる 潮頭   芭蕉も、こんな句を残しています。

月を題名に取り入れた有名な小説に、モームの「月と六ペンス」があります。
それをもじった北杜夫の「月と10セント」という、旅行記のようなものがあります(マンボウ赤毛布米国旅行記)。思い出して、本棚から引っ張り出しました。

昭和44年(1969年)7月 アメリカのアポロ11号打ち上げを取材に行った時の体験や、その前年のアメリカ旅行の体験が、著者独特のユーモアを交えた文章で書かれています。

著者は作品の中で自分をかぐや姫の子孫と称し、ニューヨーク市街で「月乞食」をします。月乞食は高貴な乞食で、月に一度自分の特有な筆跡を売ります。彼のサインは、100ドルもの値がつくという筋書きです。

著者は「月乞食」と書いたプレートを首にかけ、「かぐや姫 月より来たり うつし世にわれを残せり 漫坊博士」と書いて、町行く人に売ろうとします。北杜夫らしい発想に、つい飲み込まれてしまう作品です。

「月と10セント」には、真面目なことも書かれています。かっての東京の秋を思い出して、懐かしくなります。

私の幼いころ。子供のころ。わが家にはまだ「お月見」という風習が残っていた。そのとき、私と姉や妹は、昔から家にいた婆やに命ぜられて、すぐ近くにある原っぱにススキを取りにいったものだ。おあつらえむきにひなびた穂をつけたススキはその時分の東京にはいくらもあった。現代の車とスモッグとおなじくらいにたんとあった。コオロギたちが、仲秋そのものといってよい音を、ススキの根本々々にひびかせていた。

昨夜は知人から戴いた蒸し栗と芋菓子を食べながら、十五夜の月を楽しみました。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、きょうは急に涼しくなりました。
いよいよ秋本番でしょうか?


  

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