幼児教育を語るひろば

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お祭り雑学

S幼稚園の「お祭りごっこ」に招かれて、出かけてきました。昨日梅雨入りしたばかりですが、きょうは梅雨の臨時休業日のようです。晴れて気温も上がり夏祭り日和になりましたが、少し蒸し暑い感じでした。でも子どもたちは、元気で「お祭りごっこ」を楽しんでいました。

お祭りは、農耕民族だった日本人にとっては、大事な農業儀式です。農業の神様へ、春は豊作を願い、秋は収穫を感謝しました。このような伝統行事を子どもたちへ伝えるのは、教育の大事な役割りです。

手作りのお神輿が、お祭りごっこに登場しました。神輿は、神様が移動するための神座です。元は、天皇の乗り物でした。ていねいに、そして力強くかつがねばなりません。子どもたちは「ワッショイ! ワッショイ!」と、元気なかけ声で園庭を練り歩いて
いました。

これも手作りのやぐらの周りで、盆踊りが催されました。盆踊りには2説あり、1つは豊年を祝い、もう1つは祖先の霊を慰めるものです。輪になって踊るのは、豊年踊り系です。子どもたちは今どきの音楽に併せて、先生やお母さんと一つの輪になって、
楽しそうに踊っていました。

お祭りの形態や内容は、時代と共に大きく変化しました。
元々は、八百万(やおよろず)の神を信仰していた日本人です。田んぼで神様に踊りを披露したり、氏神様でお神楽を奉納したりして、神様に感謝したのが始まりです。
いわゆる神式のお祭りが、主流でした。ところが仏教が伝来すると様変わりして、
お神楽も祖先の霊を慰める盆踊りに変わりました。

お釈迦様の誕生を祝う「花祭り」は、仏式のお祭りそのものです。
「ひな祭り」や「端午の節句」なども、日本古来のお祭りのように見えますが、中国文化(仏教文化)の影響を強く受けています。京都の「葵祭り」は、まだ神式が保たれていると言われます。

コミニュティーが大きくなると、病気や災害が多発するようになります。それを避けるための行事が、お祭り化しました。有名な京都の「祇園祭り」は、疫病払いのお祭りです。山鉾行列の6本の鉾が、悪霊を追い払うのです。

五月にあった浅草の「三社祭り」は、江戸三大祭りの一つとして有名です。仏教と関係無いようですが、実は浅草の観音様と密接な関係があります。
浅草の観音様は、隅田川で漁師の網にかかって拾われました。それに関わった3人の男たちを祭ったのが、三社明神社(三所大権現)で、その三社のお祭りなのです。

お祭りに人が沢山集まれば、お店が出ます。ゲームや見世物の小屋も出来ます。
子どもたちも手作りのお店、手作りのゲームコーナーを設けて、お祭り気分を盛り上げていました。私も子どもたちが作ったお金で、お店で買い物をしたり、ゲームコーナーで遊ばせてもらったりしました。
子どもたちは、経済や流通システムの基本を学んだようです。

お祭りの起源は、天照大神が天岩戸に隠れたのを、多くの神々が智恵を絞って連れ戻したという、「岩戸伝説」に由来するとも言われます。確かにこの伝説には、神社やお祭りに関わるものが、いっぱい出てきます。

天岩戸の前を玉串(榊の木を木綿や紙片で飾ったもの)・鏡・勾玉(まがたま)などで飾り、伏せた樽の上でアメノウズメノミコトが踊りました。集まった神々は、踊りに合わせて手拍子を叩いて歌いました。また長鳴鳥をたくさん集め一斉に鳴かせたので、
とても賑やかになりました。天照大神を連れ出した後、岩戸には「しめ縄」が張られ
ました。

そう言えば、以前わが国の景気がよくなった時、「岩戸景気」という言葉が生れました。経済状況が、お祭り気分のように向上したからだと思います。

S幼稚園の「お祭りごっこ」で、教育委員のM氏とY氏にお会いしました。M氏からは、校長時代在籍されていたお子さん方が、それぞれの道で元気に活躍されていることをお聞きして、より嬉しい1日となりました。



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