幼児教育を語るひろば

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或阿呆の一生

猛暑災害
連日猛暑による災害ニュースが新聞のトップで報じられます。
そして観測史上初めてと社会面を賑わしています。

昨日埼玉県熊谷市では、気温が国内観測史上最高の41.1℃に達しました。
5年ぶりに従来の記録を更新したそうです。

東京の青梅市でも、40.8℃を記録しました。わが練馬区もいつも青梅と競っていますから、昨日の暑さから推測すると40℃近くまで上昇したはずです。

2020年の東京五輪まで、後ちょうど2年です。暑さ対策を真剣に考えないと、せっかくの五輪も、成果は期待できないと心配しています。


或阿呆の一生
今日7月24日は、芥川龍之介が亡くなった日です。

1927年(昭和2年)7月24日、東京・北区田端の自宅でヴェロナールとジァールの致死量を飲んで自殺しました。35歳の若さでした。

きっと、今日のように暑い日だったのだと思います。「暑くなければ、芥川龍之介は自殺しなかっただろう。」と、当時も悔やまれたと言われます。

彼は、30歳の頃から健康がひどく衰えてきたようです。翌31歳の年には、湯治のため湯河原に滞在しています。


遺稿と言われる「或阿呆の一生」は、亡くなった年の10月に「改造」で発表されました。

「 或阿呆の一生 」( 五十一 敗北から )

彼はペンを執る手も震え出した。のみならず涎さえ流れ出した。彼の頭は0.8のヴェロナールを用いて覚めた後のほかは一度もはっきりしたことはなかった。しかもはっきりしているのはやっと半時間か一時間だった。彼はただ薄暗い中にその日暮らしの生活をしていた。言わば刃のこぼれてしまった、細い劔を杖にしながら。



「 或阿呆の一生 」には、久米正雄宛の前文があります。そこには死を予告するような表現もあります。日付は昭和二年六月二十日で、作品の発表も久米に一任していました。


代表作の「 河童 」は、同年三月に「 改造 」に発表されました。

「河童」に登場する河童の詩人トックが自殺します。

河童の心霊学協会の会員と自殺したトックとの問答が出てきます。

問 君はなにゆえに幽霊に出るか?
答 死後の名声を知らんがためなり。
問 君 ー あるいは心霊諸君は死後もなお名声を欲するや?
答 少なくとも予は欲せざる能わず。しかれども予の邂逅したる日本の
  一詩人のごときは死後の名声を軽蔑しいたり。

( 中略 )

問 君の交友は自殺者のみなりや?
答 必ずしもしかりとせず。自殺を弁護するモンテエニュのごときは予が
  畏友の一人なり。ただ予は自殺せざりし厭世主義者、 ー ショオペン
  ハウエルの輩とは交際せず。

問 予の死後の名声はいかん?
答 ある批評家は「 群小詩人の一人 」と言えり。

( 後略 )



33歳を過ぎる頃の芥川龍之介の健康はますます衰えました。この頃から、
自殺願望もより深まったようです。

彼の忌日を迎えると、彼が長命だったら更にどんな作品が生まれただろうかと、いつも思いを馳せます。


水洟(みずばな)や 鼻の先だけ 暮れ残る

芥川は、自殺の前にこの句を下島勲に残したそうです。



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