FC2ブログ

幼児教育を語るひろば

幼児教育を語るひろば

読書嫌い

本屋大賞が発表されました。私は、芥川賞直木賞よりこの賞に親しみを感じます。プロの小説家が選ぶのでは無く、全国の書店員が、一番売りたい本を選ぶ、というところが身近に感じて気に入っているのです。

今年は辻村深月さんの「かがみの孤城」という長編小説です。今日的課題のいじめ問題も描かれているようなので、早速読んでみようと思っています。

翻訳小説部門で受賞した「カラヴァル 深紅色の少女」も話題になっているので、併せて読んでみたいと思います。


「最近の若い人は本を読まない!」という声をよく耳にします。わざわざ本に頼らなくても、様々な情報が簡単に手に入る時代だからでしょうか?

私が若い頃は、勉強も読書が中心でした。
「読書百ぺん義自ずから現る」で、100回繰り返して読めば、難解な内容も自然と分かってくると教えられました。

「100回読む」という教えには、じっくり時間をかけてという読書の心得があります。私の若い頃には、そんな余裕があったのです。

今の世の中は、全てが慌ただしく時間に追われて生活しています。とてもじっくりと、読書に浸る余裕などありません。それに勉強の中心も、読書では無くなってしまったのです。

大学生が「源氏物語はマンガで読んだ」と、堂々と答えていました。事によると、教科書もマンガ化されているのではないでしょうか?


現役時代、学校だよりに読書について私の考えを載せたことがありました。
(以下その要約)

「本を読むなんて、毎日学校で嫌というほどやらされているのに。」と、思うかも知れません。しかしこの場合、私は本を読むことを、「自分で読みたい本を選んで、読むことの楽しむ術を知る。」と、考えたいのです。

現代は、視聴覚媒体による情報伝達の時代と言われます。テレビ・ラジオ・映画・写真・グラフィックなど、目・耳から色々な知識を得ることができます。

それらは作り手が素材を選び、組み立てて送り出します。受け手は、そんなに苦労せずに受け入れています。でも途中で受け止めをやめて、疑問を持ったり・照らし合わせたり・確かめたりする時間的余裕はありません、

確かに見ていて分かりやすく楽ですが、何か受け手側の自分自身が欠落してしまうことに気づきません。

本を読むことは、一語・一句・一節と自分の目で捉え・考え、疑問はさらに質し、
自ら考えることができます。読むことをきっかけに、自分を展開し発展させるのです。