幼児教育を語るひろば

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平昌五輪閉幕

昨25日、冬季平昌五輪大会の閉会式を無事迎えました。
テロをはじめ大きな混乱や事故も無く、先ずはメデタシメデタシです。

冬季五輪で、日本は最多の13個のメダルを獲得しました。
これも、メデタシメデタシです。

平昌五輪では、朝8時からや夜遅くに始まる競技が続きました。それも莫大な放映権料の問題が絡んでいるためと知り、もう少し選手や観客のことを考えてもらえないものかと思いました。

これも、オリンピックにお金をかけ過ぎるためでしょう。オリンピックを辞退する国が出てきている現状を考えると、国際オリンピック委員会も一工夫しなければなりません。


オリンピックでの、日本選手のメダル獲得の歴史を調べてみました。

冬季五輪で初めてのメダルは、アルペンスキーの猪谷千春氏です。1956年のコルチナ・ダンベッツ大会の回転競技で銀メダルを獲得しました。

当時の日本スキー競技界は、それほど盛んではありません。彼は、父親からスキーと勉強の文武両道教育を厳しく受けました。大学時代はアメリカに留学して、恵まれた環境の中でスキーに取り組みました。


オリンピックで初めてのメダルは、第9回夏季五輪のアムステルダム大会で
(1928年)、三段跳びの織田幹雄選手が獲得しました。

こんな記記事が残っています。

小柄で痩身の日本選手が陸上競技でメダルを取ることは、誰も予想していなかった。

彼がスタートすると次第にスピードが加わって、ホップ・ステップ・ジャンプとバネのように細い体が跳び上がり、きれいにならされた砂の上に吸い込まれるように着地した。

結果は 15、21m の世界新記録で、金メダル。審判や記録員はもちろん、観客たちもその記録に驚いた。

初めてメインポールに日の丸が上がり、国歌君が代が演奏された。日本国民はもちろん、世界の人々が称賛の声をあげた。


女性初のメダリストは、人見絹枝氏です。1928年のアムステルダム大会陸上競技の 800m で銀メダルを取りました。

まだ女性がスポーツ界で活躍する時代ではなかったので素晴らしい快挙でしたが、結核を患い早逝したことが惜しまれます。


平昌五輪が終わりましたが、3月9日からは平昌パラリンピックが開かれます。
また2020年には東京五輪です。
どちらも無事に開催されれるように祈ります。