幼児教育を語るひろば

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年越しあれこれ

年末の行事が、あれこれ立て込んできました。 年賀状書きがやっと終わって、
今年1年の反省もしなければなりませんが、大掃除もしなければなりません。

わが家は両親が掃除好きだったので、 12月の今頃は家族総出ですす払いの行事に励んでいました。私の分担は、障子の桟の水洗いと神棚・仏壇の清掃でした。

障子の桟の水洗いは、 過酷な仕事でした。 バケツに汲んだ冷たい水で、 障子の桟をタワシで丁寧に洗わなければなりません。それも、寒風が吹く屋外で素手でやります。

その前には、昨年末に張り替えた障子紙を綺麗に剥がす作業もあります。小学生だった私にとっては、とても難儀な労働でした。

昔はどこの家にも、仏壇の他に神棚がありました。親にすれば宗教教育も兼ねていたのでしょうが、仏様と神様の住まいを綺麗にするのですから、隅々まで丁寧にするようにと厳重に言いつけられました。

もう一つわが家で忘れられない年越しの行事は、除夜(大晦日)です。

母の作るおせち料理と、父の作る年越しそばを食べるのですが、父の作る年越しそばが、例年遅くなるのが決まりでした。弟と二人空腹を我慢して待ちました。

その後がまた大変で、大晦日の夜は寝ないで一夜を明かしました。大晦日に寝ると早く歳を取ると言われました。テレビも無い時代ですから、コタツでほろ酔い加減の父の自慢話を聞くのが恒例でした。

それから近所のお寺の除夜の鐘を聴いて、家族揃って氏神様へ初詣に出かけます。初詣が終わらなければお年玉が貰えないしきたりですから、これだけは欠かせません。

神社では篝火が焚かれていて、それに手をかざして新しい年の幸運を願いました。帰りには神社の井戸水から若水を分けてもらって、家の神棚に供えるのが習わしでした。


ですから少年時代は、この季節が来ると結構忙しい毎日でした。でもお年玉目当てで、年末の行事を手伝いました。昔はクリスマスを祝う家庭は少なかったので、子供たちにとってはお正月のお年玉が最高のプレゼントでしたから。


70年以上も前の年末の様子を思い出しながら、豊かになった現代の子供たちの年越しはどうなのだろうか?  と、思いを馳せているところです。

I T 化が進み、 世の中全て効率的に処理されるようになりました。 昔のように手間暇かかる年越し行事は、とうに人々から忘れ去られているのだと思います。


ところで12月は、忘年会のシーズンです。現役時代は、職場の同僚や気の合った友人たちと、連日のように忘年会を楽しみました。楽しみ過ぎてつい深酒になり、翌日の勤務が辛かったことなど、今になると懐かしい思い出です。


待たぬ月日は経ち易い 漫然と過ごしていると、月日はどんどん経って行きます。「 志ある者は事ついに成る 」 と言います。来年こそ初心を貫いて、志を現実のものにしたいと思っています。



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