幼児教育を語るひろば

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全国学力調査

文科省は、28日全国学力調査の結果を発表しました。同時に各教科(小→国・算,  中→ 国・数)の都道府県ごとの平均正答率を公表しました。

成績を公表する可否は、学力調査がスタートする時から話題になっていました。成績が良ければどこからも文句は来ませんが、悪いとあちこちから意見や批判が殺到します。

学力調査は、現場の教師間の評判はよくありません。 「競争心を煽る」・「序列化を招く」・「差別を生む」などが、その理由です。

文科省は、学力調査の目的を二つあげています。一つは、学力の実態を把握して、授業の改善に生かすこと。一つは、国や自治体が、教育行政を検証する材料にすることです。

でも一般的には(特にマスコミでは)成績の順位に目が奪われてしまって、大事な目的は二の次になりがちです。


そもそも 「学力」 とは、何でしょうか?     手元にある辞書や教育資料を見ると、次のような説明がありました。

*学習や訓練によって獲得した知的適応力。
 *習い・覚え・体得した知識によって養われた能力。
 *学習によって達成された能力、特に認識能力。
 *学校教育を通して身につけた知的能力。
 *学習によって達成された能力。特に認識能力。
 *学業成績として示される能力(実力)。
 *基礎となる学ぶ力。
 *学習して得た知識・能力。


要は、学習によって得た知識・能力のようです。 だから「学力」は、後天的なものです。「学力が高い」と、「頭が良い」の違いもこの辺りにあります。


「教師」の発生は、ソクラテスの時代に( B.C. 5世紀頃 )ギリシャのアテナイで活躍した教師群「ソフィスト(sophistes)」に遡ると言われます。彼らは金持ちの子弟に、学力をつけるのが仕事でした。

ソクラテスは、知識の切り売りをすると彼らを嫌い、「知識を金で売る者は、学問屋と呼ぶ。」と言いました。

現代でも、学力を売り物にしている教師がいないとは言い切れませんが・・・


話が脱線しましたが、文科省はそれを懸念したのかどうか?    「確かな学力」という言葉を使って、学力向上を訴えています。

確かな学力とは、知識や技能はもちろんのこと、これに加えて学ぶ意欲や自分で課題を見つけ、自ら学び、主体的に判断し、よりよく問題解決する資質や能力等まで含めたものだと言います。


学力調査で、指導上の課題を見つけて授業改善に生かすことは、悪いことではありません。でも平均正答率の公表などで、成績にこだわる風潮を煽るようになるのは感心しません。

「ゆとり教育によって学力が低下した」 という批判から実施されるようになった学力調査です。すでに10回目となりました。 この辺りで学力調査自体を評価し、改善の余地が無いか検討するのも無駄ではないと思います。