幼児教育を語るひろば

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子どもの目

子どもの目は美しく、澄んでいて、汚れの無い神の目だと言われます。
大人の考えていること、行おうとしていること、すべてお見通しです。

子どもは目ざとく、興味・関心を抱いたことには、危険に目もくれないで挑戦します。少しくらい辛い目に遭ってもへこたれません。

人やものを見る目はまだ十分では無いのですが、時には大人の目を奪うような発想で行動します。

生理学的には、目はものを見る働きをする視覚器官です。
でも「公平な目で見る」・「人を見る目がある」・「目が効く」・「死に目に遭う」・・・ などは、類義語的・類概念的ではあるものの少し意味が違ってきます。

「目」は「眼」とも書きます。近眼・老眼・肉眼・酔眼・眼鏡・・・・ などは、よくお目にかかります。千里眼・審美眼・心眼・・・ などは、見る能力を表す言葉です。

「目」は諺にもよく使われます。
「目から鱗が落ちる」と言えば、何かがきっかけとなって、今までわからなかったことが急にわかるようになることです。
「目から鼻に抜ける」は、物事の判断が素早く非常に賢いことです。

「眼鏡(目がね)に適う」は、善悪や価値を考えて判断する力のことです。転じて人生で経験豊かな目上の人に気にいられたり、認められたりすることを言います。

「目は口ほどにものを言う」と言うように、目は単に視覚器官だけではなく、言葉と同じように気持ちを伝える働きをします。気持ちだけで無く、感じ方や考え方まで伝える力を持っています。


結び目・切れ目・折り目・節目・境目・落ち目・分かれ目・・・ と言えば、区切りとなる点や場所を表します。また動作や状態が、変化する境界点も表します。

控え目・大き目・早目・遠目・・・ などは、普通と比べての性質や傾向を表します。
2回目・3軒目・4日目・・・ と言えば、順序や度数を表します。

他にも「見た目が良い」・「ひどい目に遭う」・「目の粗い織物」・「台風の目」・「うおの目」・「のこぎりの目」・「秤の目」・「木目」・「柾目(まさ目)」・「板目」・・・ など、目の使われ方は、実に多様です。


子どもの目づくし
子どものいたずらは、目に余ることがあります。彼らは、いつも目を皿のようにしていたずらを探し回ります。彼らの行動から目を離さ無いように目を光らせ目配りしていても、いつの間にか大人の目を盗んでいたずらします。

いたずらが成功すると、目を見開いて嬉しがったり、自分のいたずらの出来に目を細めて感動したり、時には目を丸くして驚いたりしています。

そんな様子を目にすると、怒る気がしません。そして子どもを見る目が甘くなり、つい目をかけてしまいます。

でも大人の忠告などに目もくれなかった子どもたちも、いたずらに満足した後は、進んで勉強に励むようになるから不思議です。子どもとはそういうものなのです。

子どもの目、あれこれでした。