幼児教育を語るひろば

幼児教育を語るひろば

遊びが学び

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 アジサイ (2014, 6. 6 雨の朝に写す)
 東京も昨日梅雨入りしたようです。梅雨には、やはりアジサイが似合います。

 
 梁塵抄より (後白河法王が好まれて歌ったと言われる今様です。)
遊びをせんとや 生まれけむ
 たわむれせんとや 生まれけん
 遊ぶ子どもの 声聞けば
 我が身さえこそ 動がれる


子どもはよく遊びます。探索本能や闘争本能が進化して様式化されたものが、「遊び」だと言われます。

赤ちゃんの遊び相手は両親です。幼児期になると、遊びは両親から転じて同じ年頃の遊び仲間に移ります。この時期に体験した遊びは、その子の人生に大きな影響を与えます。「社会性が育つ温床」と言っても差し支えありません。

だからその時遊び仲間に入れなかった子は、社会性が育ちにくいのです。成人しても、人間関係がうまく行きません。社会的接触に苦しみます。極端な場合は異性関係もうまく行かないので、恋愛も出来ません。


子どもの頃の遊びを思い出してみました。
戦中派ですから、遊具で遊ぶということはありません。小学校では、押しくらまんじゅう・長馬・鬼ごっこ・影踏み・相撲・陣取り・かくれんぼ・・・ などが主な遊びでした。

当時ボール類は貴重品で、三角ベースもドッジボールもなかなか出来ません。
女児はゴム段をやっていましたが、ゴム紐の代用に布紐を使っていました。

唯一遊具らしいものを使った遊びは、「缶蹴り」でした。戦時中は保存食として
缶詰が出回っていたので、どの家庭にも空き缶があったからです。

幸いなことに空き地(原っぱ)がアチコチにありましたから、遊び場には不自由しませんでした。 空き地に落とし穴を造ったり草を結んで罠を作ったりして、
遊び仲間が仕掛けにはまるのを見て喜びました。
空き地では、トンボやバッタなどの虫取りでも夢中になりました。

でも遊びの主役は、やはり「戦争ごっこ」でした。戦争漬けの中で育ちましたから、男の子は兵隊さん、女の子は従軍看護婦さんになると決まっていました。
陣地を造ったり武器を(枯れ枝で鉄砲や刀を・木の実や粘土で弾丸を)作ったり
して、敵味方に分かれて戦争ごっこに明け暮れしてました。

そんな中でも、子どもたちは遊びを創造して、そこから色々なことを学びました。友情や団結心も学びました。社会性も育ちました。

実際に幼児期の遊びのパターンは、大人になってからの生活にまで延長します。遊びは、子どもたちの人格形成を助けているのです。


幼稚園教育要領・第1章・第1「幼児教育の基本の2」には、次のように記されて
います。

幼児の自発的な活動としての遊びは、心身の調和のとれた発達の基礎を培う
重要な学習であることを考慮して、幼児の主体的な活動を促し、幼児期にふさ
わしい生活が展開されるようにすること。


そして、
その際、教師は、幼児の主体的な活動が確保されるよう幼児一人一人の行動の
理解と予想に基づき、計画的に環境を構成しなければならない。
  と規定しています。たかが遊び、されど遊びです。