幼児教育を語るひろば

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奥の手談義

人生も子育ても、なかなか思うようにはなりません。でも「窮すれば通ず」という諺があります。人はどうにもならない窮地に立たされると、かえって名案が浮かび、活路を見出すことが出来るものです。

昨日久しぶりに、知人のFさんが訪ねて見えました。早速、息子の問題で相談を受けました。大学4年生で21歳になるけど、この春から登校せず、家に
引き蘢りがちだというのです。

「息子は就活もしないし登校もしないので、卒業も危うい。」と、Fさんは心配します。
Fさんは貿易会社を営んでいますが、「円安で景気が悪いので、息子に関わる余裕が無い。」とこぼします。「何か良い手立ては無いか?」というのが、
来宅の目的でした。

私は、「マニュアルではダメです。奥の手を使いなさい!」と言いました。Fさんは怪訝な顔をして「奥の手ですか?」と、尋ねます。「そうです 奥の手です。窮した時に繰り出すのが、奥の手です。」

「手は人間にとってとても大切なものですが、ふつう使うのは利き手の方です。武士は、寝る時は利き手を下にして寝たと言われます。敵の不意の襲来に備えて、利き手を守るためです。」

「奥の手とは、利き手の反対の手のことです。追いつめられた時、利き手で無い手を使って反撃します。ふだんは剣を持たない手ですから、敵も油断します。だから奥の手で、相手を倒すことが出来るのです。」

話を戻して、私はFさんにこうアドバイスしました。
「登校しない・就活しない・閉じこもる・・・ そんな息子を見て、意欲が無い・自立心が欠ける・・・ あと1年なのにどうして頑張らないのか? と考えるのは、マニュアル的な考えです。21歳と言えば、もう大人です。客観的・理性的な判断が出来る年頃です。ただ何らかの事情で、本人の思考や行動が、現実と調和しない事態になっているのです。奥の手を使う方が、賢明です。」 と。

「マニュアル的に自主性が無い・自立心が無いと責めるのは簡単ですが、成人には効果ありません。自主性・自立心とは、自分だけで無く、人と共に自分があることを知ることが基本です。それによって相手の心を認めることが出来る心を、真の自主性・自立心と言うのです。」

「つまり家族と共に生きていることを、息子さんに気付かせるのが大事なのです。放っておけば、息子さんはうつに陥ります。ですから何よりも家族の支えや協力が必要で、息子さんの自主性や自立心を育てるのにも役立つのです。」

Fさんの家族は、Fさん夫婦、息子と2歳上の姉との4人暮らしです。
「引き蘢りがちな息子の登校や就活を心配するのでは無く、家族の輪へ引っ張り込むことに努力しましょう。それには息子を除く3人が、協力して当たる必要があります。」

「息子さんが、興味を持っていることを話題にするのも良いでしょう。家業の実情を話して、息子さんの知恵を借りるように仕向けるのも効果があります。家庭の問題を息子さんと一緒に考えることは、息子さんの存在を認めることでもあり、家族の輪へ連れ戻す早道でもあるのです。」

「学校へ行け・就活しろ!」などのアドバイスは、息子への押しつけとなり、重圧になるばかりです。奥の手とは、子どもを悪いと決めつけないで、子どもの視点や立場を変えるようなアドバイスのことです。しかも奥の手は、与える側のものでは無く、受ける側のものだということを意識してください。」

奥の手は、一見本筋から離れるように感じますが、されど奥の手なのです。
子育ても迷ったら、マニュアルに頼らないで、奥の手を探してみましょう。

21歳の成人の相談でしたから、少し理屈っぽくなりました。