幼児教育を語るひろば

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仏像ブーム

 立春
 寒い立春になりました。春は、まだ先のようです。
 立春から数えて「八十八夜」・「二百十日」・・・・ と言います。
 昔は、1年が始まる日でした。


 春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎわ、すこしあかりて、
 むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる、   (枕草子)文字色



仏像ブーム
いま仏像ブームだそうです。
信仰のため・仏像(仏教)研究のため・美術品として鑑賞するため・癒しのため・
ブームに乗り遅れないため・単なる冷やかしのため・・・・ 理由は色々なようです。

昨年東京の国立博物館で、「国宝阿修羅展」がありました。
わざわざ奈良の興福寺まで出かけるよりは便利と思い、会期が終わる頃の5月
下旬に私も出かけてみました。

その頃なら空くだろうと予想したのが間違いで、ウイークデーにもかかわらず
入場に1時間半も待たされました。
諦めて帰ろうかとも思いましたが、1500円の拝観料が惜しくなってガマン
しました。なにしろ1日1万人以上が殺到しているというのですから、無理も
ありません。


きょうは、私の聞きかじり仏像談義です。

そもそも阿修羅はヒンドゥー教の神様で、あの寅さんでお馴染みの帝釈天とよく
闘って負けてばかりいました。 三面六臂の異様な姿ですが、どこか女性的で、
それがまた人気を煽っているようです。

阿修羅は、天部とか神将とか呼ばれるヒンドゥー教の神々の一人です。仏教の
勢力が増すに伴い、仏教化されて仏の守り神となりました。だから甲冑で身を
固め、武装している姿が多いのです。
仏様の位としては、如来や菩薩より格落ちします。

仏様で一番偉いのは、如来様です。釈迦如来・阿弥陀如来・薬師如来・・・ 
などがそうです。
次に偉いのは、菩薩です。観世音菩薩・勢至菩薩・・・ などです。

仏像は親しみを持たせるために、人間に似せて作ります。如来像は
お釈迦様が出家をした時の姿を表しています。ところが菩薩像は、
お釈迦様が出家する前の王子の時の姿です。ですから優雅で、宝石
などの飾り物を身に着けています。 時代によって王子観が違って
くるので、衣装もインド風・中国風があります。

観音様が男か女かと議論されますが、貴公子風のスタイルのためです。
お釈迦様の王子時代の姿ですから、もちろん男です。
(口ひげも生やしておられる)

真言・天台の密教仏像は、また少し違います。強力なものへの憧れが強い
時代でしたから、如来像も大日如来と称して怒りの姿を表しています。
如来様が持っておられる、もう一面の姿なのです。他にも強い仏様として、
憤怒部または明王(不動明王・愛染明王)があります。

時代によって人々の願望・欲望は変わるので、それを叶えてくれる仏様を
信仰しました。ですから、仏像の種類も変わりました。

飛鳥時代の仏像は、目・鼻・口が大きく、堂々とした威厳のある顔つきで
した。その後は、明るく優しい顔になって行きます。中宮寺の弥勒菩薩や
如意輪観音がそうです。

奈良時代は、男性的で整った体型の仏像が多くなります。
平安時代になると、初期の頃は部分的に強調したアンバランスな仏像が作ら
れました。 中期以降藤原氏が権力を握るようになると、いわゆる貴族的な
優雅で優しいおおらかな感じの仏像が多くなりました。宇治の平等院鳳凰堂
の阿弥陀様は、その代表です。

鎌倉時代に入ると、優しさが無くなります。武家好みの、理知的な眼差しの
仏様が作られるようになりました。それから江戸時代までは、あまり変化が
ありません。

お経には、仏様の作り方を説いたものがあるそうです。
それによると、金・銀・銅・鉄などの金属で作るのが原則のようです。

然し、国によって素材は色々です。中国では、石の仏像がいっぱいあります。
山や崖を上手に利用して、仏像を作ってもいます。
日本では、木彫の仏像が多く作られました。飛鳥時代は、楠が主に使われま
した。中国や朝鮮の仏像の木質と、似ていたからです。
でも奈良時代以降は、檜になりました。何と言っても檜は日本の木の代表で
すし、神木とされていました。
その他土の塑像や、漆の乾漆像も盛んに作られていました。


話は飛びますが、浅草の観音様についての聞きかじりです。

浅草の観音様は、今から1382年前の628年に海から拾い上げられたと言われま
す。(当時浅草は海だった) 拾われた観音像は、1寸8分(約5,5センチ)の
小さな仏様だと言われます。でも誰も見たことがありません。

実は浅草寺の開基と言われる勝海上人が、本尊様を秘仏とされて観音様の厨子
を開いてはならないとされたからです。 ですから1寸8分説は、お寺も認めて
いるわけではありません。

ただ鎌倉時代に、浅草寺の学頭だった僧が宗論に負けて日蓮宗に改宗しました。
そして新しい日蓮宗の寺を建てた時、観音像を移したと宣伝しました。
(今戸の長昌寺を開いた日寂上人)
その観音様の丈が、1寸8分なのだそうです。もちろん浅草寺側は、ご本尊が持ち
出しを否定しています。(長昌寺の観音像は、鎌倉時代の作だと言っています。)

それ以来、1寸8分説が流布しているようです。そんな騒ぎがあったことを、知り
ませんでした。いずれにしても、一度浅草寺の観音様を拝観したいものです。