幼児教育を語るひろば

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旅立ち

卒業・入学・就職 と、まさに旅立ちの季節です。何となく耳にしていたラジオでも、
リクエストのテーマが「旅立ち」でした。

「旅立ち」と言う言葉は、夢や希望を抱かせます。然し反面、未知の世界に対する
不安や、そこへ第一歩を踏み出す悲壮感のようなものを感じます。

最近 小中学校では、卒業式で「旅立ちの日」という歌がよく歌われます。埼玉県
秩父市の中学校の校長先生と音楽の先生が、作詞・作曲したものです。

 白い光の中に 山並みは萌えて
 遥かな空の果てまでも 君は飛び立つ
 ・・・・・


と言う言葉で、始まります。卒業する子どもたちの、心を捉えた歌です。


話は飛びますが、江戸時代の旅立ちを表した歌があります。こちらは、実際の
旅の話ですが・・・

 お江戸日本橋 七つ立ち
 初上り 行列揃えて あれわいさのさ
 ・・・・・


これは大名行列が、朝七つ(午前4時)に日本橋を出発した様子を歌っています。
陽のあるうちに行程を伸ばすために、早立ちしました。そして、日没と共に宿泊し
ます。

夜間の行動は、幕府の許可がないと許されません。よく大名旅行と言いますが、
実状はお金も手間もかかって大変でした。

一方で町人の旅立ちは、もっと大変です。先ず旅行中の身分証明書となる関所
手形を、町奉行所から貰わなくてはなりません。

と言っても、直接貰えるわけではありません。家主(大家)又は地主(家持ち)を
通して、名主に申し出て発行して貰います。

江戸時代の関所は、「入り鉄砲に出女」を見張るのが主たる役目でした。
(諸藩の武士が勝手に江戸に入らないように、また人質になっている大名の
妻子が江戸から離れないようにと見張った。)

ですから町人の場合は、ごく簡単な身分証明書で旅行ができたとも言われます。
さらに巡礼などには、諸国遍歴用の往来切手が発行され、全国の札所を自由に
廻ることができたようです。

それでも交通機関や宿泊施設が未発達ですし、街道には追い剥ぎも出るような
時代ですから、旅行には危険が付きものでした。 旅立ちの時は無事に生きて
帰れるかどうか分からないので、水杯を交わして出発しました。


脱線しましたが 旅立つということは、心的にも物的にも大変なことです。

 幸ある四月 雨が大地をうるおし
 八十年前に 陽光を我にもたらした月
 そして今 我らは祈らん
 四月の雨が 花を我に
 我が時間に 色どりをもたらし
 疑惑と冷淡を 押しのけて
 我が心を たくましくせんことを
 信仰を持て 我が旅に出ん
 上げよ 我が錨 風みちよ 我が帆 
 
       (サムエル・ウルマン 讃歌 作山宗久訳)