幼児教育を語るひろば

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心の病 (1)

「満たされぬ思い 自分の心痛める」 こんな小見出しで京都市上京区慈受院住職
梶妙壽さん(70歳)の記事が、5日の朝日新聞に載っていました。

彼女は49歳の時に、得度・出家したそうです。かっては有名な舞踏家で、裕福な
社長夫人でもありました。 然し 夫の女性問題に悩み、彼女自身も40歳頃には
妻子のある人との恋に落ち入り、家庭崩壊の修羅場を演じてきました。

そんな経験が、尼僧になってからの彼女の生き方を変えたようです。現在は慈受院
で多くの人から悩み事の相談を受けながら、各地の刑務所で篤志面接委員の仕事
をこなされています。

彼女は相談を受ける中で 「相手(他人)が思い通りにならない」と、悩んでいる人が
多いと言います。そして、次のように話しています。

「他者への執着を離れて一人の時間をしっかり持つこと、その大事さを思うようになり
 ました。それは個に親しむこと、 つまり一人の自分に親しむことです。相手に執着
 するのではなく、心の自立を目指す。 そこから人を思いやり、愛する気持ちが生ま
 れるのだと思います。」


さらに、こうも言っています。

「憎しみを無理に抑え込むようなことは、しなくて良いと思います。ただ、憎しみや悲し
 みは、知らないうちに 自分自身の心を切り刻みますから、私なら目をほかの方へ
 向けます。たとえば、庭の草木や動物たちです。彼らは、多くを求めません。誰か
 に見せるためでも将来の自分のためにでもなく、 無欲にただその日を生きること、
 私は自然からそうした生き方の大事さを教わっています。」


新聞を読みながら、心の病を癒す大事なポイントが、梶妙壽さんの言葉の中に隠され
ているように思いました。


犯罪と心の病も、無関係ではありません。犯罪被害者が心を傷つけられ、心を病むの
は当然です。然し元はと言えば、加害者自身が心の病に侵されているためなのです。

今回の千葉県東金市で起きた幼女殺害事件の犯人も、 心の病を抱えていたような
気がしてなりません。

梶妙壽さんは 「執着するより 心の自立」を、と訴えておられます。 私たちは、何に
執着しているのでしょうか?