幼児教育を語るひろば

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ソクラテスの教育術

日教組などの失言問題で、中山国交相が辞任に追い込まれました。中山さんの
日教組嫌いは、どこから来ているのでしょうか?

多分20~30年前の 日教組の活動から、何か刷り込まれるような我慢できない
事情があったのだと推測します。しかし今では、教育界もずいぶん変わってきま
した。 保護者・子ども・地域住民・行政等の目も厳しくなり、組合活動を理由に
サボる教師は見当らなくなりました。(社保庁の例を見ると、断言出来ないかも
知れませんが・・・)

日教組が日本の教育をダメにすると言うのは、少し時代認識がずれているように
も感じます。むしろ国も日教組も、教育のために協力し合う時代だと思います。



ソクラテス (470[469]~399 B,C,)は、 古代ギリシャの有名な哲学者です。
彼はペロポネソス戦争 (アテネがスパルタに敗北)の後、青少年を堕落に導く
ような教育をしたということで告発されました。(死刑の宣告を受け服毒死)


この告発に対してソクラテスが全面的に反論したのが、プラトンの書いた有名な
「ソクラテスの弁明」です。この中に、ソクラテスの「産婆術」という話があります。

彼は産婆の必要条件の第1に、出産経験者を挙げています。そうでないと妊娠し
ているかどうかも見分けられないし、陣痛を助けたり和らげたりすることも出来な
いと言うわけです。さらには、胎児や分娩の処置も出来ないと言います。
媒酌人として正しい性教育が出来るのも、産婆の資格条件だったようです。

ソクラテスは産婆術から、青少年の教育について触れています。青少年の指導
に当たっては、既成の知識を注入するだけでなく、青少年の心に宿っている真の
知(真理)を育てよと言うのです。[真の知は、真理を探究する心でしょう?]
(真の知の発達をゆがめてはいけない! ということです。)

「産婆は妊婦が子どもを産むのを助ける仕事だが、教師は青少年の知的発達を
援ける仕事だ。」
と、言っているのではないでしょうか? 両者とも自分が行うと
いうより、援助するという点が似ているのです。

それに人間は本能的に、自ら生まれ育つ可能性を秘めています。この可能性を
信じてはぐくみ育てるのが、産婆の仕事であり教師の仕事です。つまり主体は
子ども自身であって、産婆や教師は脇役に過ぎません。

ソクラテスは、「自分は知者ではないが、賢いとされる他の人々も真の知を持って
いない。知者ではないことを知っている自分は、その分だけ賢い。」
 と言います。
彼は青少年たちに 「知ったかぶりをしないで、 議論によって真の知を探究する
ように!」と、教えたのだと思います。

「ソクラテスの弁明」は プラトンが著した対話集ですから、ソクラテスの「対話法」
とも言われます。問いの刺激から 「青少年は妊婦の産みの苦労を知り、苦しみ
を乗り越えて真理への道を歩むように!」と、諭しているのだと思います。

「教師は問い・生徒は答える」 その前提としては、問いの中身・質が問題になり
ます。生徒の興味・関心を惹いて、探究活動を促すものでなければなりません。

ソクラテスの言う「無知」は、我々凡人のものとは違います。禅でいう、悟りの境地
に近いものではないでしょうか? 奥深い真理の探究を目指すに当たって自己の
無知を自覚し、そこから出発して学ぶようにという教えだと思います。

いずれにしても 2400年以上も前のソクラテスの教育術? が、ずいぶん身近に
そして新鮮に感じられました。


(付録)こんなソクラテスも、奥さんのクサンティッペだけは コントロール出来な
かったようです。「世界三大悪妻」の、一人と言われます。
(もちろん後世の作り話のようですが・・・)