幼児教育を語るひろば

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オリンピックを斜めに見る

立秋とは名ばかり、東京は蒸し暑い日が続いています。オリンピックが開催されて
いる北京も、同じように蒸し暑いと聞きます。この暑さの中で、選手たちはメダルを
目指して汗を流していることでしょう。

オリンピックも「参加することに意義がある」と言われたのは、昔のことのようです。
マスコミも連日、「メダル・メダル・・・」と報じています。事実メダルにほど遠い選手
たちはあまり報道されませんし、人気も、いまいちのようです。

今回のオリンピックに出場している選手数は、約1万人だそうです。世界の人口を
60億人とすると、60万分の1の人たちの競技会です。

60万分の1に選ばれたのだから責任は重大 「お国のために頑張らなくては!」と
考えるか、僅か60万分の1の人の競技に過ぎないと考えるかでは、オリンピックの
見方もずいぶん違います。

たまたまカケッコの速い者が短距離走の選手に選ばれ、たまたま泳ぎの得意な者が
水泳選手に選ばれたのです。つまり選手に選ばれる・選ばれないは、周囲の人たち
との関係で自分がどこに所属するかで決まるのです。

人間社会には、ピンからキリまでの能力が存在します。清濁入り混じって、生活して
います。たまたま運動能力がピンに属していたので、オリンピック選手に選ばれたに
過ぎません。だから彼らを英雄視するのは、考えものです。

選手たちの「オリンピックを楽しんでくる」という発言を、よく耳にします。「オリンピックを
として楽しむので、とは関係ない。」と言っているように、私には聞こえます。
(ひがみでしょうか・・・ 多分経費はで無くでしょうが?)

だからと言って「お国のために頑張ります!」も、考えてしまいます。それでは昔の
日本を、思い出してしまいます。でも中国や北朝鮮の選手・観客の声からは、そん
な空気を感じ取ります。

いずれにしても私たちがオリンピックを観戦する時は、選手たちの能力・努力・勝敗・
記録等に対して、素直に拍手を贈る気持ち・姿勢が大事です。

ところで国家が大金を注ぎ込んで、オリンピック選手を養成している話が伝わってき
ます。無理やりに、能力の格差を助長しているように感じます。本来世の中にはピン
からキリまであって、バランスが保たれているものです。 画一化する必要は、毛頭
ありません。

実際には大金を叩いて選手を養成しても、ふたをあけてみればピンからキリまで揃っ
てしまいます。たまたまピンの能力を持っている者を、選手として選ぶ程度でよいの
です。60万分の1の確率で、選手は出現するのですから・・・

北京オリンピックの開会式の演出は、確かに見事なものでした。 でも私には、オリン
ピックとは別世界のもののように思えました。ただ「ハイテク」が今回のオリンピックの
テーマの1つでしたから、その点では成功だったのでしょう。(ハイテクがテーマになる
こと自体わかりませんが?)

私は各国の選手団が入場を始めた時から、オリンピックが始まったと思います。事実
観客たちも、待ちくたびれたように選手たちに拍手を贈っていました。国によって拍手
の差はありましたが、それも競技の延長上にある競争心です。

それにしても開会式が、だんだん派手になってきました。国の力を内外に示す絶好の
機会ですから、中国も智恵とお金を出し切ったのだと思います。また企業やマスメディ
アが、マーケットシェアを拡大する場としても利用するようになりました。どちらにしても
オリンピック精神とは、かけ離れた存在です。

開会式では、ロシアのプーチン首相の笑顔が アップで放映されていました。折りしも
グルジアからの分離独立を目指す南オセチア自治州で武力衝突が発生し、ロシア軍
が軍事行動を起こしたというニュースが報じられました。

五輪最中の戦火・プーチン首相の笑顔、不思議な取り合わせでした。開催国の中国
も、新疆ウイグル自治区で事件が続発しています。チベット問題でも、きな臭い匂いが
絶えません。せめて「五輪中は戦争をしない!」、昔はそんな気風が世界中にあった
のですが・・・

異常な暑さが続くせいでしょうか? せっかくのオリンピックを、斜めに見るような気分
になってしまいました。 とにかく無事にオリンピックが、続くパラリンピックが進行する
ように祈っています。