幼児教育を語るひろば

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自己否定

秋葉原の殺傷事件を真似て、インターネットに無差別殺人や爆破予告を内容と
した書き込みが、続発しているそうです。先日も17人が摘発されたという記事が、
載っていました。摘発されたのは13~30代で、男15人・女2人ということです。

許されることではありませんが「どうして?」 {何故?」と、そのゆがんだ心に問い
たくなります。最近の中・高校生に 「将来何になりたいか?」と尋ねると、多くは 
「別に・・・無い」 と答えると言われます。昔なら 「大臣になりたい!」 「社長に
なりたい!」と、答えていたのですが・・・

不正がまかり通る政治、談合や偽装の多い業界、お手本にしたいものがありませ
ん。若者たちが将来について、投げやりなのも肯けます。


新聞記事の中に、「自己否定」という言葉を見つけました。現実と理想の食い違い
に悩む思春期の若者たちの、心理状態を表わす言葉としてよく使われます。

自己否定するとは、自分の生命や存在を否定することでもあります。 「自己否定」 
実に気が重くなるような、悲しい虚しい言葉です。自己否定が募ると、その反動で
他人まで否定しようとします。

自己否定に陥ると、初めのうちは行き当たりばったりで、その場しのぎの快楽だけ
を追い求めるようになります。 そして人間関係が、うまく築けなくなります。それで
なくても核家族化・少子化社会ですから、最も身近な家庭での人間関係が希薄に
なってしまっています。

幼児期の子どもたちは、花を見たら「きれい!」 「美しい!」 と言います。小鳥を
見たら、「可愛い!」 「抱っこしたい!」 と言います。 子どもたちの優しい心は、
天性のものです。大人になって、人を思いやる心に発展します。

その天性を認めて伸ばしてあげるのが、親(大人)の役目です。 天性を無視して、
放っておいたり追いやったりしてしまうと、子どもの人格はゆがんでしまいます。

幼児期から小・中学生頃までは、親の力で子どもを押さえつけることが出来ます。
子どもは嫌々ながら命令に従いますが、素直に従っているわけではありません。
いずれ親に、反発するようになります。でも反発する子は、まだよい方です。

反発出来ないまま、大きくなる子もいます。その方が心配で、挫折して反社会的
行動に走ることが多いのです。 それも出来ないで、自らの命を絶つ子もいます。
いずれにしてもやがて親は、大きなしっぺ返しを受けることになります。

自己否定者は、「自分は忘れられている」 「誰も相手にしてはくれない」 という
孤独感が強いのです。身近にそんな若者がいたら、先ず声をかけて会話に引き
ずり込んであげます。 そして出来るだけ彼らの言動を理解して、認めてあげる
ことが必要なのです。

希薄とはいえ、それなりの人間関係を経て現在があるのですから、理解し認める
のは容易ではありません。ただ「自分も認められている」という意識が、反社会的
行動として表われる攻撃性を、和らげる効果はあるのです。

彼らを批判するのは易しいのですが、何とかして「自己否定」の呪文から解き放っ
てあげる手立てを、考えてあげなくてはなりません。