幼児教育を語るひろば

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「夜間塾」 雑感

東京・杉並区立和田中学校で、大手進学塾による「夜間塾」がスタートしました。
賛成・反対と、色々議論がありました。もとは大手進学塾SAPIXのアイデアだ
そうです。

同校の藤原校長はリクルート出身のいわゆる民間校長ですから、塾と学校の
ドッキングも容易だったのでしょう。

「夜間塾」は成績上位者を対象にしていることが、話題になっています。同校の
藤原校長は、「成績上位者を放置しているのは、逆差別だ。」と言います。

この「夜間塾」を批判する気持ちはありませんが、こういうことが話題になる度に
普段の授業はどうなっているのだろうかと心配になります。現場では本当にでき
る子・できない子は、置き去りにされるような授業が行われているのでしょうか?


「学校教育ではない」という位置づけで、今回の「夜間塾」は承認されました。
然し「学校教育」の内容は、「寺子屋」時代からどんどん変わっています。

戦後60年間をみても、学校教育は 目まぐるしく変わりました。

「教師中心から児童・生徒中心へ」  「知識重視から経験重視へ」 「学習する
学校から生活する学校へ」 「講義中心から体験中心へ」 「黒板授業から教育
機器活用の授業へ」 等々と。

だから今回の「学校教育ではない」という位置づけも、いつ「学校教育である」に
変わるか分かりません。初めから「学校教育」の一部と認めてスタートした方が
よかったと、私は思っています。


学校の授業は、大きく2つの場面に分けられます。即ち「集団学習」と
「個別学習」の場面です。

前者には、次のような利点があります。

 *進度に合わせて、学習速度が調整できる。

 *理解度に注意して、正確さが確認できる。

 *相互に刺激し合いながら、学習できる。

 *共同で、問題解決に当たる。

 *人間関係がよくなり、学習意欲も高まる。

後者には、次のような利点があります。

 *個人の能力・素質が尊重される。

 *個人のレディネス(学習準備)に応じ、学習内容を組織化できる。

 *反復練習が、可能になる。

 *個に応じた、助言・指導ができる。

勿論この2つの場面に、固定されているわけではありません。授業形態は、
多様に工夫されて展開されます。

例えば、「一斉指導」 「個別指導」 「グループ指導」 「個別学習」 
「全習法」 「分習法」 等々です。

少子化の今は、1学級の人数も少なくなりました。 工夫次第で個に応じる
指導も可能です。普段の授業の中で、できる子できない子共にその学力を
高めて欲しいと思います。


広義の教育とは、子どもたちを一人前の人間にまで育てる営みのことです。
その点「夜間塾」は、極めて狭義の教育です。 それでもそこで、学ぶ者と
教える者の間に広義の教育と同じ営みがあれば意味があります。

教育には児童・生徒の内面の開発と、外からの注入という2面があります。
「夜間塾」が、この両者の調和に力を注ぐように願っています。少なくとも、
ただ受験のため・人を蹴落とすための「夜間塾」にならないように心がけて
ください。