幼児教育を語るひろば

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信じる

先月26日の土曜日にパソコンを立ち上げてみたら、デスクトップの画面が真っ暗闇でした。毎日信じきってお世話になっていたので、慌てました。パソコン本体のことは、私にとって全くのブラックボックスですから、どうしてよいやらお手上げでした。

便利なパソコンも、いざ動かなくなってしまうと厄介ものです。そういえば、翌日には全日空で、コンピユーターネットワークのトラブルから、多くの飛行機が欠航したというニュースがありました。銀行でも、よくATMのトラブルで、預金が引き出せなくなることがあります。

コンピューターは、いまや私たちの生活と切り離すことのできない存在です。然しその中身や仕組みはブラックボックスで、殆どの人が分からぬままに、信用して利用しています。信用していたパソコンに背を向けられ、不便な10日間を過ごしました。

5月27日付けA紙「おやじのせなか」というコラム欄で、雨宮処凛(あまみやかりん)さんの言葉に目が留まりました。それは、「親に信じてもらえる。それだけで私は前に進める。」というものです。

信じてもらえることは、嬉しいことです。でも、信じることは難しい世の中です。親子の間柄では、信じるというのが前提だと思います。特に親は、どんな状況になってもわが子を信じようとします。ただ残念ながら、最近は親子の信頼関係も、ずいぶん変わってきたと言われます。

クラス会で、40代になった教え子が話していました。

「高校へ入ったら、勉強も学校も面白くなくなった。そこで16歳になってすぐに原付の免許を取り、バイクを乗り回すようになった。すぐにオートバイ仲間ができ、サングラスをかけ、革ジャンを着て、暴走族まがいの毎日だった。
家が商売をしていたこともあって、親から注意されることはあまりなかった。ただ母親は、「信じているからね。悪いことはしないように!」と、常に声をかけてくれていた。うるさいと思いながらも、母親に迷惑をかけてはいけないという気持ちが、いつもどこかにあった。」 と。

犯罪少年と非行少年は違います。さらに非行少年も、刑法に触れる行為と不良行為に区別されます。思春期は、不良行為もどきにあこがれる年齢です。親は、その辺を理解して見守る姿勢が大事です。

先月、「改正少年法」が成立しました。97年5月の、神戸連続児童殺傷事件から、少年法改正の流れが加速して、00年11月と今回の2度に渡って法改正が成されたのです。

「改正少年法」では、少年院への送致年齢の下限を、「おおむね12歳以上」と引き下げました。凶悪犯罪の低年齢化を考えると、やむをえないようにも思えますが、法で規制するだけで、犯罪が無くなるかどうかは疑問です。

教育改革論争でもそうです。法で縛れば、学力が向上し道徳性が身につく、というものではありません。もっともっと大人は、子どもたちを信頼してよいのではないでしょうか? 

パソコンの故障から、話が飛躍してしまいました。法規制が、急増しているような気がするからでしょうか? 修理が終わったパソコンを、また信じて、大事に使って行こうと思います。