幼児教育を語るひろば

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夢の種を蒔く

みなみらんぼう氏(音楽家・武蔵野市教育委員)が、武蔵野市の「教育フォーラム」という集いで講演されました。講演の内容が、「きょういく武蔵野」という広報紙に紹介
されています。

それを読むと、ヒット曲「山口さんちのツトム君」は、お母さんからもらった歌だと、氏は言われます。お母さんは、37歳の若さで亡くなりました。お母さんの死で、意気消沈していた自分がこの歌のモデルだと気づいた時、お母さんがくれた歌だと思ったと、
ヒット曲を振り返っていました。

そして、「積極的に、一生懸命に、前向きに生きようとする者にとっては、そんな悲しい思い出とかでも、プラスとぶつかると、マイナスでも発火し、エネルギーが起こるのです。僕の場合は、歌の中に活きてきたということなのです。」と言ってます。

氏が東京の大学に入った時、お父さんは、2反の田んぼを売って学資を工面してくれました。お父さんについて、次のように話されました。

「親は、祖父が残してくれた田んぼを処分して、(いざという時には使え)という教えに従って、決断したわけです。僕は涙を見られるのは嫌だから、自分の部屋に入って、毛布を被って泣きました。親と言うものは、こういう決断をする時には、きちっとすべきなのだなということを、僕は身を持って教わったわけです。」

氏は55歳の誕生日に、キリマンジャロ(5895m)に登りました。氏は山頂近くで、「ああ僕は1人じゃない、周りの人たちによって生かされていて、今ここに立たされているんだ。」と、実感されたそうです。

キリマンジャロの山頂から、家族に電話された時、高3のお嬢さんから、「お父さん、
人生の華だね!」
と言われました。氏は、「自分の内部から湧き上がってくるような、熱い実感がある花、いぶし銀のような花だというふうに思われた。」と言われます。

実は、氏の2人のお嬢さん方は、私が校長をしていた小学校に在学していました。
あのお嬢さんが、味のある言葉を、お父さんのらんぼう氏に贈ったことを知り、とても
微笑ましく、また頼もしく思いました。

氏は、「夢の種」のまとめを、こう話しておられました。
 
「こういうお金ではないもの、一般的に価値があるというものではないもの、そういうものに価値を見出し、一歩一歩努力して勝ち取っていくロマンや生き方、そういう気持ちをもっともっと皆さんがお持ちになって実践なされば、子どもたちも派手なものばかり
追いかけずに、きっと一歩一歩着実に、夢に向って進む子どもになるのではないかなと思います。
 そのための種を、とにかく蒔いてあげる。発芽率はとても悪い、いつ生えるかも分からない、出ないかもしれない、でも、蒔き続けることを止めない、ということをやっていただきたい。蒔かない種は絶対に生えてこないからです。」


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