幼児教育を語るひろば

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子どものケンカ

私が勤務していた幼稚園から 毎月「園だより」が届きます 6月号の記事の中に
次のような 年少児と年長児のトラブルが紹介されていました (要約)

「(3人の年少児がスクーターで遊んでいたが 一休みするためスクーターから離れていたら 年長児3人がやって来て 駐車してあるスクーターを見つけ それに乗って走り出そうとした 気づいた年少児が それを奪い返そうとしてトラブルになる) 大人からみれば 年少さんに貸してあげればいいのに 優しさや思いやりがないのかしら・・・ と思います 事前に年長児に [年少さんには譲ってあげましょう] と話しをすれば このようなことにならなかったかもしれません しかし このような問題が起こることを予想しつつ あえて教師は事前に スクーターの譲り合いの指導をしませんでした それは 問題にぶつかったときにこそ 幼児が [こんなときにどうすればいいか]を 真剣に考えると思ったからです」

「この日は 騒ぎに気づいた教師が 中に割って入り お互いに思っていることを 
言葉で言えるように指導しました また 年少児はスクーターのルール(乗っていないときは自分のものとして確保しないで 他の人に譲る など)を まだ知らないことを 年長児に話しました すると 年長児は [仕方ないか・・・] という表情で 手を離して譲ってくれました 年少児は スクーターのハンドルをぎゅっと握って [やったね!]という表情 これにて一件落着となりました それにしても 年長児3人に 負けず屈せず 渡さないと大声で訴えた年少児も見事でした


一件落着は メデタシメデタシ!ですが 最高の解決法だったかどうかは もう少し
検討する必要があるのではないでしょうか?

この事例では 事前にスクーターの譲り合いについて あえて指導せず トラブルの
最中に 先生が介入して指導しました トラブルの中で話し合いをさせた方が 子どもたちは 自分の考えを主張し易いだろうという 先生の判断があったからだと思います それなりに効果はあったようですが いくつか気になる点が残りました

一つは ルールを指導していなければ 年長児が乗ろうとしたのは当然です そのあたりを 年少児にどう説明したのでしょうか? 次に 年少児はルールを知らないから(年長児は知っていたのでしょう?) 年長児に諦めさせたとしたら 話し合いとは言えません さらに 「大声で訴えたから」・「先生が助けてくれたから」 年少児の主張が通ったとなるのは問題です

子どもたちが 「自分らしさを出せるようになる」ことは とても大事なことです
ただそれには 前提条件があると思います 私は3点考えています

*話し合いが出来る人間関係が成立している
*相手の気持ちになるという「共感性」が育っている
*物事を客観的に見る目が育ってきている


つまり 社会性の基礎となるものが 身についていることが求められます そうでないと ただ 駄々をこね ごり押ししているに過ぎません
(限られた紙面からの推測ですから 間違っていたらお許し下さい)

話は飛びますが どんなケンカでも原因があります 幼児期のケンカはその原因を把握しやすいので よく見守っていると 解決策が簡単に見つかります ですから 慌てないでちょっと間をおいて 仲裁に乗り出すように心がけましょう

気をつけることは 権威主義の親(家庭)の子は ケンカの時も 自分の意見や要求を 無理強いしたり ごり押ししたりする傾向があることです 家庭で子どものケンカを注意するとき 子どもの考えや訴えを無視して 親の意見を押し付けてはいませんか?

ケンカは闘争本能の表れだとも言われます 多くの動物たちは 次のどちらかの理由で争うと言われます

*順位制の下で 自分の優位を確立するため
*ある一定の地域に 自分の縄張りを確立する


これらが安定しているときはよいのですが 少しでもルール違反があると争いになります (人間のケンカにも 通じるものはありますが・・・)

東京新宿で 駐車違反の確認票を車に貼られた男が 「違反を取り消せ!」と 駐車監視員を殴った事件がありました 動物以下の男のようですが