幼児教育を語るひろば

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老年をどう生きるか?

最近のCさんのブログを拝見していると 真に困った 老人たちの問題行動が取り上げられています それが皆男性の事件ですから なお恐縮します ・電車内での喫煙 ・覚せい剤の常用 ・少女を買春 ・時代遅れの頑迷な経営者 等々

人生を山登りに例えれば 勿論 頂上に到達するまでが 苦労しますし 大変でもあります 多くの人は 頂上に着くと それが最終目標だったように勘違いして ホッとして気を抜いてしまいます でも本当は 峠を過ぎて 無事に麓へ帰り着くまでの 下山の道の歩みこそが 一番大事なことなのです つまり 「ゆっくりと 豊かで充実した老後を 如何に過ごすべきか?」 ということが課題になるのです

頂上へ着くと 全てに勝ったような錯覚を起こす人は いっぱいいます 自分が 偉くなったような気になってしまうから困ります そして 傍若無人 勝手気ままに 下山の道を 平気で汚して下りて行きます その上 迷惑を省みない行為を 老人パワーなどと おだてる輩がいるから なおさら困ります

「若い時は2度と無い」 と言います 同じように 老年も2度とありません ですから 色々挑戦することは 老若無関係です ただ1つだけ違うことがあります それは 
老年には 若い人に無い 多くの経験の(体験の)引き出しがあることです

「失敗から立ち直り成功したこと」 「絶望のどん底から 友人・家族に救われたこと」 「人を愛し 真の安らぎを知ったこと」 「愛する人を失って 悲しみに沈んだこと」 
「人の善意に感動し 裏切りに憤慨したこと」 「人を助け 喜ばれたこと」等々 若い人たちより 一足先に経験を積んでいます

その経験の引き出しを大切にして そこから 老年をどう生きるべきか 考えて欲しいと思います 若い人たちは それを見ているのです そして 若い人たちが 「なるほど!」と 肯けるような行動であって欲しいのです

老年だからといって 何も特権があるわけではないのです 電車内で座席を譲られたとしても あくまでも 若い人たちの厚意・善意によるのです それに 素直に感謝する気持ちを 老人だからといって失ってはいけません

「老年もまた楽し!」 私はそう考えながら 老後の設計図を あれこれ描いています その設計図を認めて 使わせてくれるのが 人生の後輩である 若い人たちの支えであることを 忘れてはいけないと 肝に銘じています

般若心経に 「乃至無老死 亦無老死」 という句があります 私は 「年令に関係ない 誠実に生きなさい」 という教えだと思っています

私を含め 世の老人たちへ! 人生の経験者として 若い人たちから 尊敬され愛される 下山の道を歩んで参りましょう