幼児教育を語るひろば

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続 幼年期

きょうは少し違う角度から 幼年期を捉えてみます
「幼年期」という概念は ごく最近一般化したものです 中世の社会においては 幼年期という考えはありません

フランスの歴史家フィリップ・アリエは このことを 「幼年時代の世紀」という著書の中で 詳述しています 「一生の内に区別された一時期としての幼年期 さらには心理学的 社会的 また生理学的現象としての幼年期は 全くのところ存在しなかった」と

ですから子どもたちは 乳児期から直接成人期へと移行します 子どもが乳離れするかしないかのうち または少なくとも7歳前後に 乳児期は終わりになります そして 子どもたちは 成人に混じって 同等に働いたり 競争したり 遊んだりしたのです

当時 学校もありましたが 入学する生徒の年令は マチマチでした 学校へ行くということは 特別の目的があるか 地位の象徴のためだったのです

中世の画家たちは 子どもを描く時 子どもと言うより スケールの小さい大人として 描いていました そういえば 私もそんな絵を見た覚えがあります 子どもに対して 現代のような 幼児という考えが 無かったからだと思います

16世紀の思想家モンテーニュは 「子どもは 知能的活動も 外見的に見分けのつく身体をも 持たないもの」 と書いています

乳児という考えはあったようですが 死亡率があまりにも高かったので 乳児と幼児を 分けて考えられなかったようです
そのため 失う可能性が多い乳幼児には あまり愛着を感じていなかったのです
モンテーニュも 「私は2~3人の子どもを 乳児期に亡くした 後悔は多少あったけれども 悲嘆に暮れるようなことはなかった」 と言っています

親が子どもたちを甘やかして ひ弱に育てたり こども服を着せたりするようになったのは 17世紀になってからです

この頃 若者の道徳教育を説いた 宗教家のコメニウスは 子どもたちを 腐敗した社会から 隔離して育てるようにと 訴えました
このようなことから 上流・中流家庭では 幼年期の考えが生まれ 学校(幼稚園)の発足につながりました

しかし 19世紀になっても 貧しい家庭の子どもたちには 幼年期がありませんでした もちろん 教育の機会もありません

19世紀後半になって 工業化が進み 社会状勢も変わってきました 子どもたちは 成年になるまで 労働力として使われることが 必要で無くなりました 
おかげで 幼年期という概念も ようやく普遍的なものとなりました
そして 法的にも 幼年の労働禁止が謳われ 幼年の義務教育が 施行されるようになりました 初めて 労働階級や貧困階級にも 幼年期の考えが 受け入れられるようになったのです

でも まだまだ世界中には 幼年期を保障されないで 見捨てられている子どもたちが 多数存在しています
最貧国の子どもたち 武力紛争下の子どもたち エイズに苦しむ子どもたち 虐待されている子どもたち 公的に保護されていない子どもたち 少数民族等で差別されている子どもたち 等々

過日 「存在しない子どもたち」について書きました 存在しない子どもたちこそ 現代の 幼年期が無い子どもたちではないでしょうか

(注) 参考図書
 C・E・シルバーマン著 「教室の危機」(山本正訳 サイマル出版会)
 第4章「従順を強いる教育」に このことが詳述されている