幼児教育を語るひろば

幼児教育を語るひろば

日々是好日

「日々是好日」とは 「毎日が平穏で よい日」ということだと思っていました でも 
この言葉の起源を調べてみたら 少し違うようです
元々は 仏教の教えにあるのですが 特に禅宗では 禅的生活の理想の姿として 
この言葉を大事にしています

「日々」というのは 現実の日常のことです 現実は いつも平穏で 豊かで 幸せな世界とは限りません むしろ 苦労や悲しみの方が多いのが 現実です 
世界中に目をやると いっそうそれを感じます 働いても働いても なかなか暮らしがよくならない後進国人々 病気で苦しんだり 戦争で悲しい思いを強いられている人々 ・・・・ など

ですから 「日々」というのは 現実世界の 苦悩や矛盾を表しているのです
では 「好日」とは どういう意味でしょうか? 「好」は 禅宗でよく使う言葉です 絶対の世界 無限の世界 理想の世界を表しています 
それで 「日々是好日」というのは この日々の現実の生活を超越して(克服して) 「理想の世界を追求して生きる」 というのが本当の意味になります

そう言われれば 世の中そんなに甘くありません 一攫千金を夢見て 宝くじを買っても なかなか当たりません やはり 額に汗して こつこつと働いて 貯金をするのが早道です

とはいえ 理想郷を手に入れるのは 実際には大変です よほどの人でも 簡単には達成できません でも 理想に向って 1歩1歩でも 前進しようと心がけることは
とても大事だし 必要なことです

私たちは 困っている時 苦しんでいる時 悩んでいる時こそ 人生について真剣に考えるものです そしてその中で 自己反省したり 光明を見出したりするのです 本当に大事にしなければいけないものは何か? ということに気づくのも こんな時です

人間は 極めて利己的な反面 また人を愛せずにはいられない という1面も持っています 愛するということは そこから利益を得ようなどとは 思ってもいません つまり 人間は醜い面もあるが それに勝る 実に美しい素晴らしい面を 持ち合わせているということです
この醜い面を抑え 鈍化させることが 「日々是好日」につながるのだと思います

「日々是好日」は 与えられるものではなく 求めるものであることを あらためて知ることができました