幼児教育を語るひろば

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感動体験を

「屈伸」という言葉があります 私たちも跳躍するときは 体をかがめてから 伸び上がるようにして跳びます そうしないと 遠くまで跳べません 蛙もそうです 尺取虫もそうです かがんでから伸びます
日常生活では かがむのを休憩・休息と考えましょう 仕事ばかりに追われていないで ひと息つくと 疲れやストレスが取れます すると元気を回復して また仕事に励めます この世の中を生き抜く知恵です
この日記帳も 昨日が「200回記念」 ひと息ついて また新しい気持ちで書き始めます 今までの内容にこだわらないで 書いて参ります (と言うより 見直すのは大変なので) 重複するかも知れませんが ご容赦下さい
さて今日は もっと情感の豊かな社会になって欲しい という願いから 感動体験について書いてみます 感動体験は 幼児教育だけが 求めているわけではありません 私たちの日常生活でも とても大事なことです 感動の無い生活など 空虚ですし寂しいと思います 難しいことではありません ものごとに感じて 心が動くことです
いくつか 例をあげてみましょう
「吹奏楽を聴いて感動した」 「名画を鑑賞して感動した」 「読んだ本の内容に感動した」 「登山で頂上に立って感動した」 「母校が甲子園に出場したので感動した」 「先生の話に感動した」 「作品が入線したので感動した」 「子どもが誕生したので感動した」 「ハンディのある人が頑張っているので感動した」 等々 まだまだ あげれば切りがないくらい 色々な感動場面があります 
見方を変えると 私たちの生活には 感動する機会や場が 一杯あるということです 感動の世界に生きているのが 私たち人間だと言ってもよいでしょう 感動は 社会との関わり 人間関係の中で起きているのが分かります 孤独の中からは生まれません 孤独ですと 感動する必要もないのです 社会性が育つ過程で 感動能力も成長しているのです
最初の感動は 殆んどの子どもが 家庭で体験します その決定的な条件というのが 両親です つまり 情感豊かな両親ということです と言っても 難しいことではありません 子どもの誕生に感動した両親 初めての笑顔に喜んだ両親 這い這いしたり ひとり立ちしたりの成長の歩みに 拍手した両親 パパ・ママと言った時 嬉しくて抱擁した両親・・・
こんな両親の姿が 自然と 子どもの感動体験の場をつくっていたのです 子どもは やがて家庭から学校へ 地域社会へと出て行くようになります それでも両親の影響力は強大です 両親と共有した感動体験が 将来の 子どもの感動能力の形成に 決定的な役割を果たします