幼児教育を語るひろば

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あじさい


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わが家のアジサイ ( 2017, 6. 18 写す )


アジサイは梅雨空に似合うのですが、今年は梅雨入り宣言はあったものの俄雨まがいの雨しか降りません。日照りの中のアジサイは気の毒です。

アジサイには、多くの園芸品種があります。欧米で改良されたハナアジサイなどは、花が大きく色も鮮やかで立派です。

アジサイを「紫陽花」と書くので、中国が原産地のように思っていましたが、日本の本州の海岸に自生するガクアジサイを母品として改良したものだそうです。

アジサイの花は、全部「装飾花」です。装飾花は、花冠やがくが発達して、雄しべや雌しべが退化した中性花(種を生じない)です。

わが家のアジサイの花色は明るい青紫色ですが、これが普通のようです。白色・淡紅色などの品種もあります。ハナアジサイと言われるものには、もっと多様な色があります。

花の色は、 土壌の性質(塩基や酸の量)によって変わると言われますが、本当でしょうか?  

わが家のアジサイを観察してみました。つぼみのうちは緑色で、やがて白色から淡紅色に変わり、正開すると明るい青紫色になりました。

天気予報では明日から本格的な梅雨空になるとのこと、アジサイもホッとしていることでしょう。



心配なこと(民主主義を守ること)

久しぶりに書棚から矢内原忠雄氏(元東大総長 1951〜1957年在職)の「教育と人間」(東大出版会発行 1973年初版)を引っ張り出して読みました。

はしがきに書かれていた次の一節にふと思い当たることがあり、本文を読み終えてから再度目を通してみました。

(前略)
 終戦後私の心を一貫して流れている願いは、日本の民主化と平和の理想の堅持である。日本の民主化は制度上は一応行きわたったように思われ、国民の気風の上にも民主的ムードができてきたように見えるが、民主主義の精神が国民の血となり肉となり、生活の中に民主主義が根をおろすまでにはまだなかなかである。かけ声の高いほどには、民主的な人間ができあがっていず、民主的な制度が民主的に運営されず、かえって何かにつけてあともどりの徴候さえ見られることがある。民主化の根が浅いため、時の勢いに押されていつどうなるかわからないという心配が、私の心に消えない。民主的な人間形成が日本国民の中に行きわたるまでは、日本民主化の叫びが私の口からあがらずにはいられないであろう。
(中略)
 戦後十数年を経て、社会情勢もやや安定し、国民の経済生活もいくらか落ちついたようである。しかし保守政権が長く続いたため、この安定も落ちつきも保守的色彩が強い。保守的色彩は、ある点では戦前の思想や制度への復帰をさえ示唆し、多くの点で現状維持、現状是認の思想を育てる。別の言葉で言えば、革新的思想は日陰者扱いをされてくる。このことは近頃のジャーナリズムにおける論説や、論壇批評の担当者の顔ぶれと内容の変化にも現れている。修正主義的な、中間的な意見が、終戦直後の理想主義的な、革新的意見に代わって論壇の正座を占めつつあるように見える。
(後略)


この文は、1961年(昭和36年)に書かれたものです。いまの政治の動きを見ると、そのまま当てはまる言葉のように思います。


思い当たることというのは、「共謀罪」法の成立と、加計学園に関わる文科省内の文書問題のことです。

成立した共謀罪法では、犯罪計画の前段階で罪に問うことができます。犯罪が実行された段階で処罰の対象になる従来の刑事法と比べると、原則の大転換です。

政府は共謀罪法を「テロ等準備罪」と呼んで、オリンピックのテロ対策のための法案のように説明しています。一般国民には無関係のような口ぶりです。

でも我が国には、かって共謀罪に似た「治安維持法」なるものがあって、反政府・反国策的思想や言論の自由を抑圧した時代があります。監視社会・密告社会が実現し、人々の思想・良心の自由は制限され、民主主義は否定されました。

だからこそ国民は、今回の共謀罪法を危惧し、法案の内容にも多くの疑問を抱いていました。その疑問を山積みにしたまま、法案は強行採決されました。

共謀罪法は強行可決されてしまいました。それでも私たちは、これからも法案の修正・廃止に声をあげて行かなければならないと思います。


加計学園に関する文書問題も、文科大臣や官房長官は「無い!」と言っていたものが存在しました。こうなれば文科省や内閣府の当事者だけではなく、第三者による徹底的な調査を求める必要があります。

内閣府もこの問題を調査することになり、16日に結果を公表しましたが、「文科省に対し『総理のご意向』とか『官邸の最高レベルが言っている』などと発言したことは無い。」と、文科省の言い分と食い違っています。

いずれにしても、要は文書の有無で終わりではありません。前文科省事務次官が証言した「行政が歪められる不正」が、あったかどうかを明らかにすることなのです。


民主主義の政治では、多数決が原則です。だからと言って、強行採決を許している訳ではありません。少数党も多数党と同等の政治的比重を持っているのです。

また与党の政策は正しく、野党の政策は正しく無いということでもありません。議員の数は、正義を意味しません。少数野党の声にも多数与党はきちんと耳を貸し、十分の時間をかけて審議するのが民主主義の政治体制です。

多数に守られた与党政権が、民主主義をないがしろにしているのでは?  という心配をしています。



父の日あれこれ

広島の娘から、父の日のプレゼントが届きました。銘菓「もみじ饅頭」他に、健康を願うメッセージが添えられていました。商魂に踊らされていると批判しがら、やはり嬉しいものです。

6月の第3日曜日(今年は18日)が父の日で、日頃の父親の苦労をねぎらう日となっています。なんでも100年ほど前にアメリカの一少女が、母の日だけでは不公平だとして父の日を提唱したのが始まりだそうです。

商業ベースに乗せられているものの、ファミリー行事として定着してもきました。最近、親子の絆が弱くなってきたと言われます。ですからこのような行事が盛んになるのは、良いことだと思います。


「親の光は七光」 子は知らぬ間に沢山の恩恵を、親から譲り受けています。それなのに、親の心を理解しない若者が増えています。

ともすると子は勝手気ままに振舞って、親を心配させたり嘆かせたりするような行動に走ります。親の方もそれが分かっていても、過保護・過干渉になってしまうのが昨今の風潮です。

昔の人は、「可愛い子には旅をさせよ!」 と言いました。交通が発達してなかった頃の旅は、それは大変苦労が伴う過酷なものでした。そういう大変なこと辛いことを早くに経験させて、世の中の厳しさに触れさせることが、子の成長にとって必要であり大事なことであることを、親は知っていたのです。

愛するわが子なればこそ、手元で甘やかすことなく、世間に出して苦労させました。それが良い教育方法でもあったのです。


民法第四章は、「親権」について定めています。
先ず 「成年(現行法では20歳未満の者)に達しない者は、父母の親権に服する。」 とあります。

第2節 「親権の効力」 には、次のような決まりがあります。

① 監護・教育の権利義務
  親権を行う者は、子の監護及び教育をする権利を有し義務を負う。

② 居所指定権
  子は、親権を行う者が指定した場所に、その居所を定めなければならない。

③ 懲戒権
  親権を行う者は、必要な範囲内で自らその子を懲戒し、または家庭裁判所の許可を得て、これを懲戒場に入れることができる。 (以下略)

④ 職業許可権 (略)

⑤ 財産管理権と代理権 (略)

法律は、親子の関係をこのように規制しています。知らない親が多いのではないでしょうか?


「血は水よりも濃い」 親子の結びつきは深くて堅固です。親は子供のために一生懸命監護・教育の権利義務を尽くしても、やがては負うた子に教えられて浅瀬を渡るようになるのです。


「父の日」から、今時の親子関係についていろいろ考えを馳せました。



広島紀行


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とうかさん
とうかさんは、広島市内にある園隆寺の稲荷大明神の祭礼です。通称「ゆかた祭り」と言って、とうかさんになると広島に夏が来ると言われます。

稲荷を音読みにすると「とうか」になるので、こう呼ばれるようになったそうです。毎年6月の第1金曜日から3日間催されるので、4日の日曜日に孫に案内してもらって出かけてみました。

広島の三大祭りと言われるだけあって、大変な人出です。境内は500個の提灯で飾られ、周辺は多くの出店で足の踏み場もない賑わいでした。破魔団扇のお守りが有名で、多くの人が招福厄除けのために求めていました。


一昨日広島から帰りました。娘の家に逗留してあちこち自由に出歩く算段をしていましたが、結果的には娘家族の都合に支配されて思うようにはなりませんでした。

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娘の家の2階から(マツダの工場や呉方面への高速道路が展望できる)


それでも独りで瀬戸内のクルージングや、宮島散策を楽しむことが出来ました。

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クルージングの船(広島港から)
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広島港近くの風景
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厳島神社
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厳島神社能舞台



五月 ( 皐月 )


サツキ ( 2017, 5. 26写す )

鉢植えだったものを地植えにしたら、大きくなって玄関先を占有しています。


皐月(さつき)は、旧暦の5月のことです。「さ」には田植えの意味があって 「さなえづき(早苗月)」、 つまり田植えをする時期なので 「 さつき(皐月)」 となりました。

植物の「サツキ」はツツジの仲間ですが、一般のツツジより1ヶ月くらい遅くに咲きます。旧暦皐月(今年は5月26日〜 )の声を聞くと花が咲くので、サツキと呼ばれるようになったようです。



  五月の山里    枕草子より

 五月ばかり山里にありく、いみじくをかし。沢水もげにただいと青く見えわたるに、上はつれなく草生ひしげりたるを、ながながとただざまに行けば、下は
えならざりける水の深うはあらねど、人の歩むにつけてとばしりあげたる、いとおかし。
 左右にある垣の枝などのかかりて、車の屋形に入るも、急ぎてとらへて折らんと思うに、ふとはづれて過ぎぬるもくちおし。よもぎの車に押しひしがれたるが、輪のまひ立ちたるに、近うかかへたる香もいとをかし。



詩人の蒲原有明氏は、「 よもぎの車に押しひしがれたるが、輪のまひ立ちたるに、近うかかへたる香もいとをかし。という表現 は、五月の頃の清新の香りが
巧みに詠まれ、日本文学の象徴的なもので、後の詩人たちにも大きな影響を与えた。」 と言ってます。


6月1日からしばらく留守にします。 広島の娘の家を拠点に、 私も中国地方の山里を訪ねてみようと思います。できれば瀬戸内海を船で渡り、金比羅詣でも
してきたいと思っています。
しばらくの間ブログを休みます。