幼児教育を語るひろば

幼児教育を語るひろば

文月


サボテン ( 2017, 6. 29 写す )
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ユリ ( 2017, 6. 30 写す )

きょうから7月です。    光陰矢の如し!    歳月人を待たず! 
今年も半分が過ぎました。

昔は7月を「文月(ふづき)」と言いました。七夕の頃、本の虫干しをしたのでこう呼ばれるようになったと言われます。別説では、稲の穂が育つ時期、即ち「穂含月(ほふみづき)」から転じたとも言われます。

いずれにしても旧暦ですから、今の暦なら8月のことです。7月は旧暦なら6月ですから、「水無月(みなつき)」です。

梅雨の季節なのに、「水が無い月」とはどういうことでしょうか? 
どの田にも水がある月なので「水月」と言われたのが、「みなつき」になったと言います。他にも田の仕事を皆し尽くしたので、「皆仕尽月(みなしづき)」=「みなつき」になったという説もあります。

7月の行事といえば、先ず「七夕」・「盆」・「中元」などを思い浮かべます。
ところで「中元」は、よく分からぬままに品物を遣り取りしていました。

昔 中国では、「上元(1月15日)」・「中元(7月15日)」・「下元(10月15日)」と、天の神様を祭る日がありました。「元」には初めの意味があって、1年を3区分した初日に当たります。吉日の元旦が、年に3回あることになります。

中元で贈り物をするようになったのは、室町時代からだと言われます。盆の行事と一緒になって、感謝の気持ちを表したことに因ります。また商人は、盆と正月が決算期だったので、お得意様に贈り物をするようになりました。


7月の思い出として個人的に忘れられないのは、十数年前の京都祇園の「山鉾行列」見物です。当日(7月17日)は、朝から晴れて暑い日でした。

辻廻しを見物しようと思って、宿で手配してくれた河原町通りから御池通りに曲がる交差点近くで、行列が通る2時間ほど前から待ちました。でも暑さのため、待っているうちにだんだんと気分が悪くなってきました。

どうにか山鉾行列は見物できましたが、とうとうガマンできなくなって近くの病院に駆け込みました。今で言う熱中症になったのです。疫病を祓う行事なのに、病院で半日厄介になってしまいました。忘れられません!


いまわが家では、真っ白なサボテンと真っ赤なユリが、競い合って咲いています。どちらも鉢栽培なので、室内に持ち込んで鑑賞しています。

「白勝て! 赤勝て!」ではありませんが、紅白が競うのは、源平合戦に由来するようです。白は源氏の旗印、赤は平家の旗印です。

オリオン座の三ツ星で右下の青白い星はリゲル、「源氏星」と言われます。右上のペテルギュウースは、赤い色なので「平家星」です。


色分けする言葉で最も古いのは、日本では白・黒・赤・青の4色だけだそうです。NHKの「日本人のおなまえっ!」という番組でも、古事記・日本書紀に出てくる色も、この4色だけとのことでした。(6月29日放送)

言葉の発生をたどると、白ははっきりの意味の「著し(しろし)」から生まれました。赤は「明らか」の意味からきています。

NHKの同番組では、白は朝日を浴びて光る湖面の様子を「顕し(しるし)」と表現したことから、赤は日の出に赤く映える山の様子を「明し(あかし)」と、表現したことから生まれた言葉と説明していました。


ところで温暖化のせいでしょうか?  九州・山陰地方は大雨のようですが、関東は雨が少ないようです。東京の今日は梅雨模様ですが、来週はまた梅雨の中休みとか・・・   関東各地の水がめは、水不足が心配されています。



再 幼児教育

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紫蘭 ( 2017, 5.12 写す 狭いわが家の庭を独占する勢い )

S 幼稚園で指導していた頃を思い出しながら・・・

幼児はいたずらが大好きです。大人が止めても、なかなか止めません。大人にとっては大切な品物、散らかされては困る場所・・・ そんなことは関係ありません。また大人が忙しい時でも、仕事をしている時でも、彼らは自分の都合だけを考えて助けを求めにきます。

幼児は何かをやっているのに、自分の興味をひくような面白いことに出会うと、やっていたことを放り出してそっちに手を出します。

大人から見れば、迷惑な行動です。でも気をつけて観察すると、幼児期は新しい事象に出会うと、何故だろう?  どうしてだろう?  と、色々と試行錯誤している場や状況であることが分かります。

園児たちは、遊戯室の大型積み木を持ち出してそれを積み重ね、その上に立ったりそこから飛び降りたりしました。園庭のケヤキの木にもよじ登って、景色を眺めたり枝にぶら下がったりしました。子供は高いところが大好きです。大人は、落ちて怪我でもしたら大変と心配しますが・・・

子供は、未知の世界を求めるために、 遠出をしたり探検に出かけたりします。
危険なことに遭遇しないかと、大人の心配をよそに・・・  帰って来た子供は、まるで大冒険を終えたように満足しています。

砂遊びやどろんこ遊びは、感覚に訴える快さがあります。鬼ごっこや隠れんぼも、体を動かす快感があります。遊びは、子供たちが快感を得るための手段です。だから子供たちは、遊びを繰り返して楽しみます。

いたずらや冒険を繰り返すのも、大事な遊びです。遊びを通して子供たちは成長します。

でも子供たちは、快感を求める遊びから卒業するようになります。やがて彼らは、創造的な活動へと発展して行くのです。

幼稚園(保育園)は、幼児がいたずらや冒険を思い切り出来る遊びの場であって欲しいと思います。危険が本人や他人に及ぶ心配がある時は、もちろん指導されます。でもそれ以前に、子供たち自身に危険を避ける能力が育っているのです。


「人間どう生きるか、どのようにふるまい、どんな気持ちで日々を送ればよいか、本当に知っていなくてはならないことを、わたしは全部残らず幼稚園で教わった。人生の知恵は、大学院という山のてっぺんにあるのではなく、幼稚園の砂場に埋まっていたのである。」 ( ロバート・フルガム )


清明

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サクラ  今年は、寒の戻りがあったので花持ちが良い。
          ( 2017, 4. 7 写す・ 千川上水沿いの ソメイヨシノ )


今頃の時期を「清明」と言います。万物が、清く明るく生き生きと感じる季節です。そして、「4月の風は光る」とも言われます。見るもの全て清々しく、希望に満ち溢れています。

実は 私の祖父の名が(父方の) 清明 です。

新年度もこの時期にスタートします。自然に恵まれた日本は、緑一色に覆われます。小川の小魚や水生昆虫たちも、元気に活動し始めます。

千川上水沿いの陽だまりで、小さな白い花をつけたナズナや、黄色い花のハハコグサを見つけました。袴をつけたツクシンボウの穂先を、春風が通り過ぎて行きます。冬ごもりをしていた虫たちも、目を覚ましたようです。

学校 (幼稚園・保育園も) も、新学年度の幕開けです。子どもたちも冬の寒さから解放されて、歓声をあげて外へ飛び出します。

欧米は9月が新学年度という国が多いようですが、そこが農耕民族と狩猟民族の違いでしょう。最近9月新学年度説を主張する人がいますが、日本の気候風土に逆らってまで変える必要はないと、私は思います。

関西では、男女共に13歳になると、4月13日には虚空菩薩にお参りして、知恵が授かるようにと祈る「知恵参り」という風習があります。( 「十三参り」 とも言われる。京都嵯峨の 「虚空蔵十三参り」 は有名。) 
やはり学問の始めは「清明」の季節です。


ところで幼稚園・保育園の新入園児たちも、無事入園式を済ませた頃だと思いますが・・・   元気で通園しているでしょうか?

幼児期は、優しい心を育てる大切な時期です。心の発達過程から考えても、人間性の基礎を培う適齢期です。

幼児は、アニミズム的な考え (全てのものには、魂や感情があると考える。) を持っています。ですから草花がしおれると、 「のどが渇いたのね。かわいそうに。」 と、話しかけます。

茎が折れたりすると、自分が骨折したように痛みを感じたりします。また生物ばかりでなく、椅子や机を叩くと、椅子や机が痛がると真剣に思います。

このアミニズム的な考え方は、未発達段階における大事な思考形態なのです。
人はこの頃に、他を思いやり、他の痛みを感じ取るという大切な心情が育つ
のです。

この時期に大人が子どものアニミズム的な考え方を否定したり訂正したりすると、子どもは情緒の発達が乱されて、弱いものをいじめたり、物を粗末に扱ったり、攻撃的な心情が強まったりするのです。

幼児期の優しい心は、物事を深く考え、工夫する力を生み出します。それはやがて、人として正しいことを最後までやり遂げる強い精神力へと成長して行くのです。


調べる

園児たちに、こんな話をしたことがあります。

地震がいつ起きるか?    火山がいつ噴火するか?    自然の変化に気づいたか?   

それらを調べるためには、複雑な仕組みの機械や、地面の変化を調べる装置が必要です。

複雑な機械や装置を使わないと、地震や火山のことを調べるのは無理なのでしょうか?   

「子どもでも調べられます。」  私は子どもたちに言いました。

私たちは、わからないことを調べるのに、大変役立つものを持っています。それは、私たち自身の体です。

先ず第一に「目」があります。目でものを良く見ると、色々なことに気づきます。ものの「色」・「形」・「大きさ」・「感じ」などです。

そして、「白い」・「黒い」・「赤っぽい」・「尖っている」・「丸い」・「キラキラしてうぃる」などと、事象の様子がわかります。自然の変化に、気づくかも知れません。

次に「手」です。手の色々な部分と比べて、「親指くらいの大きさ」・「人差し指と親指を拡げた長さ」・「手を拡げたくらいの大きさ」・「手を握ったくらいの大きさ」など、大きさや長さがわかります。

また手でものに触れて、「硬い」・「軟らかい」・「ざらざらしている」・「すべすべしている」・「冷たい」・「暖かい」や、手に乗せて「重い」・「軽い」などがわかります。
噴火前の地面は、温度が変わっているかも知れません。

わたしたちの手や目は、ものを調べる大切な用具になります。他には目や手の働きを助けるために、簡単な道具もあります。

「虫眼鏡」は、ものを拡大して細かい部分までよく見ることができます。凸レンズや凹レンズを組み合わせると、望遠鏡や顕微鏡の働きもします。

「物差し」は、ものの長さを正確に測り、長さを比較する時にも役立ちます。「秤」はものの重さを調べるのに、「枡」は量を測るのに便利です。「ナイフ」や「ピンセット」も、手の働きを助けます。

高価な機械や装置がなくても、自分たちの体の働きや簡単な道具を使って、身の回りのことを調べることができます。それが、ものを調べる時の基本の姿勢なのです。   ・・・と



社会性が育つ時

幼児期は、空想の世界から1歩踏み出す時期です。色々な能力が芽生えてきます。知識も増えてきます。事象の因果関係にも関心を持つようになります。

3歳くらいまでは、まだ夢を見ている時代です。様々なことを想像したり空想したりして、自分の夢を膨らませています。想像力・空想力を育てている時期です。おとぎ話の世界で生活している時代、と言ってもよいでしょう。

4歳過ぎると、「なぜ?」・「どうして?」という質問が多くなります。客観的・科学的に説明しないと、納得しない年齢になってきたのです。子供たちの思考が、論理的になってきた証です。

今まで素直に言うことを聞いていた子が、少し反抗的になり、理屈っぽくなってくるのもこの頃です。幼稚園の年長児は、ちょうどこんな時期に当たります。
夢から論理的な働きが、できるようになってきたのです。


いま 昔の「教育勅語」を暗唱させたり、「安保法制国会通過」や「安倍首相 云々」を呼称させたりしている森友学園 の幼稚園教育が話題になっています。

幼稚園児は知識を受け入れる能力が優れているので、まるで砂地に水を撒いたように、教えられたことをどんどん吸収します。子どもたちの知識欲は、大人が考える以上に貪欲です。あらゆるものに興味関心を抱いて、それを我が物にしようとしています。

そんな子供たちに、偏った思想や倫理観を植え付けてしまったら、望ましい社会性は育ちません。環境の中で子どもは育つのです。森友学園の教育で一番心配されるのは、子どもの社会性や創造性を妨げる教育環境になっていることです。

「学校教育法第22条」は、幼稚園の教育目的を次のように示しています。

健やかな成長のために、適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする。

さらに「幼稚園教育要領」総則の第1に、「幼稚園教育の基本」が、次のように示されています。

教師は幼児との信頼関係を築き、幼児と共によりよい教育環境を創造するように努める。

森友学園の関係者たちには、学校(園)の適当な環境・よりよい環境とは何か? 
それも、豊かな人間性・人格を育てる場としての教育環境はどうあるべきか?  
ぜひ考え直して欲しいと思います。


私が勤務した S 幼稚園では、卒園文集を作っています。そこに、親子の幼稚園時代の「思い出」が記されています。その中で、園長だった私について書かれたものに、共通しているのがいくつかあるので紹介します。

修了児 → ⚪︎ 毎朝門のところで待っていてくれて、ありがとう!
               ⚪︎ いつも遊んでくれてありがとう!
               ⚪︎ レスリングごっこ、すごく楽しかった。負けて悔しかったけど。       
 親  → ⚪︎ 毎日門の所で登園・降園を見守って声をかけて頂き、親子共々安心して
                楽しく通園できました。
            ⚪︎ 園長先生や職員の方々に暖かく接して頂き、ありがとうございました
            ⚪︎ 子供の個性を尊重してその特性を伸ばして頂き、感謝しています。


担任をはじめ園職員との触れ合いの中でも、共感し合える関係に感謝する言葉が多くありました。

S 幼稚園の自慢になりましたが、社会性(人と関わる力)は、豊かな人間関係によって育まれます。「教育勅語」の暗唱からは、育ちません。園児の社会性は、園の教育環境(雰囲気)の中で形成されて行くのです。