幼児教育を語るひろば

幼児教育を語るひろば

なぜ・どうして?

丸山穂高衆議院議員が、「戦争しなくては、北方領土は戻らないのでは?」という趣旨の発言で、各方面から糾弾されているニュースで、思い出したことがあります。

6年生を担任していた現役時代に、児童からこんな質問を受けました。

「なぜ国会議員は、逮捕されない特権があるのか?」

私は、「国会議員には国会の会期中は逮捕されない不逮捕特権が、憲法50条の規定により認められているから。国民の代表である国会議員が、他の権力に阻害されないで自由に自分の意見を述べることが出来るため。つまり、国会議員の自律性が保証されているから。」と、その趣旨を説明しました。


幼児期から小学生になった頃は、子供たちには、彼らなりに分からないこと・不思議に思うこと・なぜだろう?・どうしてだろう? という疑問が一杯あります。

当時を思い出してみました。

四国は4県なので分かるが、九州はどうして7県しか無いの?

A. (私の答え)江戸時代は筑前・筑後・肥前・肥後・豊前・豊後・日向・薩摩・大隅の九つの国があったから。

山手線はどこが出発駅(起点)で、終着駅(終点)は?

A. 出発駅は品川駅、終着駅は田端駅。

「ためしてがってん」のがってん(合点)の意味は?

A. 複数の採点者が点をつけた時、それぞれの点が同じになった時に「合点した」ということから、みんなが納得した・同意したという意味。

失敗した時に「とちる」と言うのはなぜ?

A. 栃(とち)の木の実が大きいことから、栃の実ほどの大きな目をして悔やんだことから転じた言葉。

たちが悪いことを「あくどい」と言うわけ?

A. 灰汁(あく・灰をみずに溶かしたもの)から転じた言葉。強いアルカリ・渋味から連想した言葉。

テレビドラマの「相棒」の意味?

A. 時代劇の駕籠(かご)かきから出た言葉。前と後ろの担ぎ手の肩にずっしりとかかる太い棒を、息を合わせて二人で担ぎます。この二人を「相棒」と呼んだ。

女子1人だけで参加したら「紅一点」と言われた。なぜ?

A. 中国の詩人の詩の一節から取ったもの。一面の緑の中で、紅色の花が目立っている様子を詠っていることから、男性の中にいるただ一人の女性を表すようになった。


いつも子供たちの質問責めにあって、苦労したのを思い出しました。




再び 子どもは宝

政府は28日、学校を長期欠席している子どもが虐待を受けていないか、緊急調査をした結果を公表しました。

虐待の恐れがあるとした子どもが2656人、虐待の可能性が否定できない(面会不能のため)子どもが9889人に上ったと言います。

今回の調査のきっかけは、千葉県野田市で父親の暴力によって虐待死した心愛ちゃんの事件に依ります。


最近、子どもに親が暴力を振るう事件が多発しています。どうしたことなのでしょう? 次代を背負う子どもたちこそ家族の宝、そして社会や国家の宝だと思うのですが。


「瓜食めば子ども思ほゆ、栗食めばまして偲ばゆ。何処より来たりしものぞ、眼交(まなかい)にもとな懸て、安眠(やすい)しなさぬ。銀(しろがね)も黄金(こがね)も玉もなにせむに、優れる宝子にしかめやも。」 万葉の歌で山上憶良が詠んでいます。

「子どもは神の子」、子どもは神様からの預かりものです。子どもは、何にも代え難い宝なのです。


「烏にも反哺(はんぽ)の孝あり」と言われるように、烏でさえ子烏が成長した後親烏に養育の恩を返すように、親子の情愛は深いものなのです。


ましてや親が子に暴力を振るうとは、通常は考えも及ばないことです。最近耳にする暗いニュースの最たるものとして、寒風が体をよぎるような心地がしてなりません。


子が親に暴力を振るうニュースも聞かれます。親から暴力を受けて育った子どもは、大人になると子に暴力を振るうようになるのでは無いでしょうか?

因果応報! 前世における行為の報いです。



児童虐待

警察庁が14日発表した昨年一年間に全国の警察が摘発した児童虐待事件は、1380件に及ぶそうです。被害に遭った18歳未満の子どもは、1349人になると言います。うち36人が亡くなっています。


「子宝」・「三尺の童子を拝す」・「7歳までは神の子」
わが国には、こんな言葉が伝えられています。言葉の裏には、「人間尊重」や「性善説」の考えがあります。


人間尊重は、子どもも立派な人格者として認めましょうと言うことです。
子どもを尊重する基本には、子どもにどれだけの「自由」を与え、「任せる」ことが出来るかと言うことが関わっています。

人間尊重は、言い換えると「個性尊重」でもあるのです。個性尊重があって、子どもは初めて自分の「持ち味」を発揮し、心身共に豊かに成長していくことが出来るのです。


「悪戯」という言葉があります。子どもの悪さ・いたずらのことです。悪戯に対して、すぐに目くじらを立てて怒る大人がいます。児童虐待の本質が、ここにあるかも知れません。

でも悪戯も、子どもの探索欲求にもとづく行動と理解しましょう。子どもの言うことやることを、いちいち気にしてはいけません。子どもは、それ自体大人とは異質の文化を持つ存在だからです。


子どもの世界は一見単純のようでも、実は大人が考える以上に複雑で、自分に都合の悪いことは、大人にも隠してしまうものなのです。

だからこそ、子どもともっと密接に接触して、子どもに話しかけ、子どもと遊び、一緒に過ごす時間を多く持ちましょう。そうすれば、子どもが今何を考え何を求めているかが、自然と分かってきます。


多くの子を持つ親たちに、「子宝」の言葉の意味を、ぜひ見つめ直して欲しいと思っています。



子どもを見る目

来年は、東京でオリンピックが開催されます。オリンピック絡みで思い出したことがあります。

今から20数年前になりますが、前回の東京オリンピックで金メダルを受賞された、当時の日本大学教授遠藤幸雄氏と対談したことがありました。

氏の少年時代のお話から、「人が生きて行くためには、自分だけでなく、周りの人々の考え方、またその時の環境も大きな影響力を持つ。」と言われたことが、心に残っています。

氏は、「自分が育った環境から、知らず知らずのうちにそれを学び、自分が精一杯の努力をして、勉強や運動に力を注いできました。」と言われました。

また遠藤氏の少年時代の話の中から、人の天分というものは、どんな逆境の中でも立派に芽を出して、ぐんぐん伸びて行くものだということも、理解できました。

しかしどんな天分を伸ばすにしても、自ら進んで挑戦し、努力する姿勢が無ければ、その成果は期待できないとも言われたことが、印象に残っています。


当時も「今の子どもたちは過保護の中で育っている」と、言われていました。

「手取り足取り世話をされる生活から脱出する力を、子ども自身が持たなければ、ひ弱な成人しか出現しない。『転ばぬ先の杖』では無く、『転ぶ体験jから学ぶ』」とも言われました。


さらに氏は、ご自分の子育て経験から、同じ一人の子どもを見ても色々な見方ができることを、強調されいたのを覚えています。

「悪いと思って見ていた面も、よく見ると実は良い面であることが多いのです。だから子育てでは、できるだけ良い面を取り上げて、褒めながら、そして悪い面がカバーできるように励ましながら、子どもを見る目を持つように心がけました。」と、氏は言われました。


改めて、子どもを見る目を確かめて欲しいと思います。



子どもらしさ

子どもとは、いったい何才から何才までを指すのでしょうか?

じゃれたり遊んだり喧嘩したり、いわゆる子どもらしさが発揮できる場合を考えると、こんな時期のことでしょうか?

現代っ子は、家に閉じこもってゲームに夢中か、塾に通って勉強に追われたりしています。そんな姿は、どう考えても子どもらしいとは言えません。

とは言っても今の世の中、外で遊ばせるのは危険が一杯で心配です。家でゲームをしているなら安心です。

おまけに社会は、益々学歴重視の時代です。自分の子どもが、学校の勉強について行けなくなったら大変です。それに、受験競争も盛んです。わが子が遅れてはいけないと、塾へ通わせるのも現代の親心です。


何れにしても子どもたちの生育環境は、あまり良好な状況とは言えません。教育界は元より、社会の色々な分野で歪みが生じています。

子どもたちから子どもらしさが失われつつある現状も、無理ありません。でも心配しています。


今頃は、ちょうど受験シーズンです。先日知人の F さんから、子どもの私立中学校の受験について相談を受けました。

「目的の中学校を受験するには、成績が足りない。」と、担任の先生から言われたので、どうしたらよいか? というわけです。

多くの私立中学校では、学業成績を中心に評価して、合否を決めるのが普通です。子どもたちの評価を、ペーパーテストに頼っている現状は、認めざるを得ません。

私は F さんに、「目的校以外で子どもの学力に合った学校を選ぶか、公立中学校に進ませるかするように。」と助言しました。

受験は、有名校を選ぶのではなく、自分に合った学校を選ぶのが基本だからです。公立中学校を勧めたのは、3年間の公立中学校生活の中で、自ら学ぼうとする意欲や態度を、じっくりと育てて欲しいからです。

公立中学校では、子どもに豊かな教育環境を提供して、学ぶことの楽しさや達成感を体得させるように努力しています。


現代は、生涯学習の時代です。子どもたちは、21世紀の社会を築くと同時に、そこで生きるためには何が必要か? 自らの力で、学び取らなければなりません。


今日子どもたちを取り巻く環境は、昔とずいぶん変わりました。合理化・ IT 化など、社会の近代化のため、子どもらしさが奪われてしまうのも実状です。

だから、子どもたちを責めることはできません。子どもたちを守る環境作りが、先決なのです。


今こそ家庭・学校・地域社会が、いっそう連携・協力して、子どもたちを悪しき環境から守るための具体策を講じなければなりません。

このまま放置しておくと、子どもたちから子どもらしさは、益々失われて行ってしまいます。