幼児教育を語るひろば

幼児教育を語るひろば

快気祝い

ようやく気分も良くなり、平常生活に戻りました。
この2週間 妹(京都在住)・娘(広島在住)・孫(同居)の
世話になりました。 感謝 !




練馬区の ゆるキャラ「ねり丸 」
( 2017, 9. 22 娘が練馬区役所にて写す )



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娘の家の飼い猫




体調 すぐれず

体調を崩して2週間が経ちます。まだスッキリしません。
歳のせいでしょうか?



広島カープ優勝!
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広島の孫たちは、きっと喜んでいることでしょう。


秋の七草
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ススキ  ?  ( 通院の途中 近くの公園で 2017, 9. 20 写す)


はぎ(萩・万葉集で一番多く歌われる花)  
すすき(薄・イネ科の多年草。穂に白毛があるので尾花とも言われる。)
くず(葛・根は葛根湯として解熱用の生薬として利用。)
なでしこ(撫子・花弁は縁が細裂。淡紅色の可憐な花。)
おみなえし(女郎花・茎頭に黄色の小さな花が傘状に群がり咲く。)
ふじばかま(藤袴・淡紅紫色の頭花を枝先に密生。)
ききょう(桔梗・青紫色または白色の花。万葉集では朝顔のこと。)


いずれの花も、秋の情趣を私たちに届けてくれます。




遊びが大切なわけ

わが家の周辺も宅地化が進み、それと共に子供の数も増えてきました。 裏手にある公園でも、元気に遊ぶ子供の姿が見られるようになりました。

幼児期の 「遊び」 について、きょうはフレーベル (1792〜1852年・ドイツの教育者・ 「幼稚園教育の父」 と言われる) の 「人間の教育」 から引用して説明します。

遊びは、幼児期の生活そのものです。フレーベルも「遊びは、幼児期における生活の最高の階段である。」と言います。

子供は、遊んでいる時も頭を使います。体も動かします。それらは成長を支える行動です。

理屈っぽく言えば、 遊びは幼児が自己の内面を自ら自由に表現したものです。必要と要求に応じて、自己の内面を外に現したものです。

遊びは、 幼児期における子供の最も純粋な精神的生産物です。人間の内に秘められた本能的で理想的なあり方が、行動に現れたものなのです。

遊びは、 それ自身において喜びであり、 自由であり、満足であり、 また平静でもあります。

遊びは外界と平和であり、 他の人にもそれは伝わります。 遊びはまた、 全ての善なるものが生じる源泉です。

子供は周囲に気をつけながら、 疲れるまで飽きずに遊ぶことができます。 このことは、自分の喜びを求めると共に、他人のことも気遣う、根気のある落ち着いた人間性を育みます。

フレーベルは、「子供が遊びに没頭した後、 疲れて良く眠る様子は、この時期における子供の生活の中で最も美しい現象ではないだろうか。」 と言っています。

幼児期の遊びには、このような意味があります。単なるイタズラでは無いのです。だから親は、遊びを奨励することはあっても、妨害してはなりません。特に 冷静さ・洞察力は、遊びを通して養われます。


一人の人間の生涯は、幼児期の生活 即ちよく遊んだかどうかで決まります。

 ・純潔だったか,  汚れたものだったか ?
 ・温和だったか,  粗暴だったか ?
 ・平穏だったか,  波風が多かったか ?
 ・勤勉だったか,  怠慢だったか ?
 ・功績が多かったか,  少なかったか ?
 ・創造的だったか,  破壊的だったか ?
 ・平和を好んだか,  争いをもたらしたか ?

子供が成長した後、父母に対して・家族に対して・兄弟姉妹に対して
・社会や他人に対して・自然や神に対して・・・
いかなる態度を取るようになるか ?

子供個々の素質によって違いはあるものの、根本的には幼児期における生活(遊び)の仕方によって定まるのです。


  遊びをせんとや 生まれけむ
  戯れせんとや 生まれけむ
  遊ぶ子供の 声聞けば
  我が身さへこそ 揺がれる

                                    (梁塵秘抄)



 *体調不良だったので、ブログを休んでいました。



平和だけではダメ!

3日 北朝鮮は、6回目の核実験を強行しました。隣国の日本では、核戦争に発展しないか?  と心配しています。

北朝鮮の核武装化を懸念するのは勿論ですが、喧嘩相手のアメリカの、「軍事行動も辞さない!」という反応にも心配しているのです。

安倍首相は「これまでに無い強い圧力をかけなければならない!」 と、強調しています。圧力だけでは解決するとは思えないのですが・・・


  地雷ではなく 花をください
    Not Mines, But Flowers


こんなタイトルの本が、今から20年ほど前に出版されました。
次のような副題がついていました。

 平和だけでは ダメ!
 Peace Is Not Enough


1991年に始まった旧ユーゴスラビアの戦争で、1千万個を超える地雷が埋められたことを契機に、地雷撤去のために出版された本です。

当時は、アジア・アフリカを始め、世界各地で紛争が起きていました。その結果地球上には、1億1千万個の地雷が埋められたと言われます。

戦争が終わっても、地雷は埋まったまま残りました。ですから平和協定が結ばれても、地雷の危険はなくならなかったのです。毎日70人近い人が、その被害に遭いました。


「この本1冊を購入することで、カンボジアなら10㎡の土地がきれいな土地に生まれ変われます。」 と、本の帯封に認められていました。


7月に「核兵器禁止条約」が採択されました。正に平和を守るために出来た協定です。でも北朝鮮の核実験は、戦争の心配を拭い去ることが出来ない行為です。


この本の中に、こんな文があります。

 果てしなく広がる宇宙で、一番美しい星、
          それは、私たちの地球。


 大陸です。地図帖では国境線がひいてありますが、
   実際に地面に線がひいてあるわけではないんですよ。


  世界中の人たちが協力すればきっとできる。
          山も川も町も、
  ひとつほったら花の種、ひとつとったら苗木一本。



北朝鮮の暴走を食い止めるためには、どうしたらよいのでしょうか?

子供たちの喧嘩を治めるにも、「譲り合い」が最善策です。
争いは、双方がどこかで譲り合わなければ収まりません。

国同士が譲り合うことは、とても難しいことでしょう。
でも政治家は、そのために知恵を出し合うのが責務です。

対話も圧力もダメならば、譲り合うしか解決の手立てはありません。
と、私は思います。




長月

9月の別名は、いろいろあります。

長月・菊月・菊咲月・紅葉月・祝月・玄月・青女月・・・ など。

本当は旧暦の9月でしょうから、新暦では早すぎますが・・・

私は、「長月」という呼び名がのんびりしていて好きです。
由来は「夜が長くなる」・「秋の長雨」・「名残りの月」・・・  などがあるようです。

古今集や新古今集には、「月」の歌が多く詠まれています。

「小倉百人一首」より

 今来むと  言いしばかりに  長月の
      有明の月を  待ち出でつるかな

                                  (素性法師)

 月見れば  ちぢにものこそ  悲しけれ
      わが身ひとつの  秋にはあらねど

                                  (大江千里)

 秋風に  たなびく雲の  絶え間より
      もれ出づる月の  影のさやけき

                                  (左京大夫顕輔)


台風厄月と言えば、9月1日が「二百十日」、9月11日が「二百二十日」です。
言い伝え通りに、台風15号が日本列島の東を通り抜けて行きました。

秋の風を「白秋」と呼びます。秋の風がなぜ白いか?  
お天気博士の倉嶋厚さんは、こう説明しています。

「秋の風を白く感じさせる第一のわけは、空の高さです。雨雲の垂れ下がった空は低く黒いが、それが一変して高く明るい空になります。空気が白く乾いていくのです。」

 石山の  石より白し  秋の風
                                   (芭蕉)


多くの学校で、2学期が始まりました。
子供たちは夏休みの宿題を無事終えて、元気で登校したでしょうか?

9月1日は、中高生の自殺が多い日と言われます。
悩みの無い人などいません。悩みがあったら周囲の大人に打ち明けて、応援してもらいましょう。何事も、プラス思考で参りましょう!


最近の東京の気候は異常です。 この2〜3日は、 急に気温も10月下旬並みとか?  寒暖の差が激しく、体調も狂いがちです。

でも天気予報では、台風15号が東京に秋の空気を運んで来たと言っています。
「暑さ寒さも彼岸まで」です。残暑も、もうしばらくの辛抱でしょう。

No sweat, no sweet.  (汗無しに、甘いものは得られない。)

昨日、ツクツクボウシの声を聞きました。ツクツクボウシは、「寒蝉」とも言われます。コオロギも鳴き出しました。虫たちの声も、秋の冷気を運んで来ました。