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幼児教育を語るひろば

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道元禅師の教え

ふた昔も前になりますが、福井県にある曹洞宗の大本山 永平寺に詣でたことがありました。

永平寺の石門には、『 杓底一残水 汲流千億人 』という文字が刻まれていたのを覚えています。


道元禅師は、毎朝仏様にお供えする水を、門前の小さな谷川から柄杓で汲み取られていました。その折に、必ず柄杓の水を半分だけ谷川に戻されました。

何もそんなことをしなくても、山から流れ出る谷川の水の量は豊富です。涸れる心配などありません。

しかし道元禅師は、どんなに水が沢山あっても、一滴の水も粗末にしてはならないと言われました。だから余分な水を、谷川に戻されたのです。

これこそ、道元禅師が説かれた「禅」の心なのです。

戻された柄杓の半分の水は、やがて下流の多くの人々が使用する大事な水にもなっています。


このことは、「今自分がここに生きていて何か得たものがあるならば、どんな小さなことでもよいから、それを他の人のために伝えて行きなさい。」という禅の教えに通じます。

さらに道元禅師は、「同じ谷川の水を飲んで、共に生きているというだけではなく、同じ喜びを分かち与えるつながりともなるように!」と言われました。


道元禅師が説かれた『正法眼蔵』には、「行持報恩」という言葉があります。

私たちは、この自然界において、万物の恩を受けたり返したりしながら生きています。

足元の一草一木も、人間と関わりがあり、そこから学ぶことは少なくありません。


恩返しとは、感謝することです。その気持ちを大事にして、日々を暮らして行くのが「行持報恩」なのです。

仲良くする・助け合うことの、根本にあるものです。国際化・国際協力・国際平和も、皆同じです。



子どもらしさ

子どもとは、いったい何才から何才までを指すのでしょうか?

じゃれたり遊んだり喧嘩したり、いわゆる子どもらしさが発揮できる場合を考えると、こんな時期のことでしょうか?

現代っ子は、家に閉じこもってゲームに夢中か、塾に通って勉強に追われたりしています。そんな姿は、どう考えても子どもらしいとは言えません。

とは言っても今の世の中、外で遊ばせるのは危険が一杯で心配です。家でゲームをしているなら安心です。

おまけに社会は、益々学歴重視の時代です。自分の子どもが、学校の勉強について行けなくなったら大変です。それに、受験競争も盛んです。わが子が遅れてはいけないと、塾へ通わせるのも現代の親心です。


何れにしても子どもたちの生育環境は、あまり良好な状況とは言えません。教育界は元より、社会の色々な分野で歪みが生じています。

子どもたちから子どもらしさが失われつつある現状も、無理ありません。でも心配しています。


今頃は、ちょうど受験シーズンです。先日知人の F さんから、子どもの私立中学校の受験について相談を受けました。

「目的の中学校を受験するには、成績が足りない。」と、担任の先生から言われたので、どうしたらよいか? というわけです。

多くの私立中学校では、学業成績を中心に評価して、合否を決めるのが普通です。子どもたちの評価を、ペーパーテストに頼っている現状は、認めざるを得ません。

私は F さんに、「目的校以外で子どもの学力に合った学校を選ぶか、公立中学校に進ませるかするように。」と助言しました。

受験は、有名校を選ぶのではなく、自分に合った学校を選ぶのが基本だからです。公立中学校を勧めたのは、3年間の公立中学校生活の中で、自ら学ぼうとする意欲や態度を、じっくりと育てて欲しいからです。

公立中学校では、子どもに豊かな教育環境を提供して、学ぶことの楽しさや達成感を体得させるように努力しています。


現代は、生涯学習の時代です。子どもたちは、21世紀の社会を築くと同時に、そこで生きるためには何が必要か? 自らの力で、学び取らなければなりません。


今日子どもたちを取り巻く環境は、昔とずいぶん変わりました。合理化・ IT 化など、社会の近代化のため、子どもらしさが奪われてしまうのも実状です。

だから、子どもたちを責めることはできません。子どもたちを守る環境作りが、先決なのです。


今こそ家庭・学校・地域社会が、いっそう連携・協力して、子どもたちを悪しき環境から守るための具体策を講じなければなりません。

このまま放置しておくと、子どもたちから子どもらしさは、益々失われて行ってしまいます。



あなたはどう思うか?

アメリカ人気質を書いた本に、こんな一文がありました。

日本の子供たちは、意識的か無意識的かはともかく、親をあてにしすぎます。
親は親 子は子、と割り切るのがアメリカ人です。旅行で利用する航空機も、
親はファーストクラスだが子供は普通席で我慢します。

外食も親は着飾って有名レストランで豪華な食事、子供はカフェテリアでハンバーグという姿をよく見かけます。

オペラや演劇の鑑賞では、親は1等席で子供は天井桟敷と、別れ別れになっても誰も不思議に思いません。

アメリカ人のしつけで感心するのは、負け方上手というか、1度や2度の失敗や敗北にビクともしないように仕込む点です。



最近日本では、少子化の影響もあって、競争をあまり好まない傾向があります。負けて劣等感を植え付けるのは、可哀想だというわけです。

アメリカ人は、『人生で、最後まで敗北を経験しないなどということはあり得ない。むしろ早く負け方上手のくせをつけ、回復力の旺盛な人間に育ててやった方が、どれだけ幸せか!』と言います。


現職中、私も親からよく頼まれたことがありました。

「うちの子は、言うことを聞かないので、先生から叱ってください。」・「ゲームばかりやっていて、勉強しません。勉強するように、先生から注意してください。」・「好き嫌いが多いので、何でも食べるように先生から話してください。」・「テレビばかり見ていて、夜更かしで困ります。早く寝るように、先生から言ってやってください。」・・・ などと。

アメリカ人は、しつけの主役は家庭だと言います。自分の子はもちろん、近所の子が遊びに来て悪さをした場合でも、厳しく説教します。

学校の先生に上記のような相談をすることは、とても考えられません。


あなたはどう思いますか?



財を受け継ぐ

私たち大人は、多様な財物を作って後代に伝えて行きます。お正月の色々な行事やしきたりも、その大切な無形の財物の一つです。

初詣で・年始回り・書き初め・初夢・掃き初め・仕事始め・七草がゆ
・どんど焼き・鏡開き・寒げいこ・・・ など。

それは文化であり、先人の知恵でもあるのです。

しかしその財も形だけ残り、心を失ったら崩れて消えて行きます。失わないためには、その一つ一つについて、先人が(祖先が)財を作った心を思い起こして現在に活かし、さらに伝承して行かねばなりません。

お正月の楽しい遊びや行事しきたりにも、その大切な心が残されています。

凧揚げ・羽根つき・こま回し・すごろく・カルタ取り・福笑い・・・


昔話もその中の一つです。

「笠地蔵」は、心の優しいおじいさんとおばあさんの話です。

おじいさんは、雪の降る日に傘を売りに行きました。でも一つも売れません。しょんぼり帰ると、村の入り口で石のお地蔵さんが、頭に雪を乗せて寒そうに立っていました。・・・

お正月にふさわしい、子供たちも大好きな話です。


正しい心・美しい心・優しい心・・・ 心を育てるということは、難しいことではありません。子供と共感し合える関係を、築けば良いのです。

共感し合える関係作りは、色々あります。

人と触れ合う(挨拶する・会話する)・自然と触れ合う(野外に出て景色を見る、動植物を観察したり採集したりする)・何かを、友だちと一緒にやり遂げる(共同作業)・音楽に親しむ(合奏や合唱をする)・・・ など。


私たち大人は、子供たちの心に残る財を作り伝える義務があります。


大人が吟味して話す言葉は、子供の心に刻まれます。家族団欒のお正月は、親子で話がはずむ環境を作る好機です。

親子の会話が少ないと、心配されるこの頃です。子供たちとの会話を楽しみながら、彼らのために財を残しましょう。





鉄は鉄なりに

子供は、十人十色です。それぞれ固有の特性があります。

鉄は鉄なりに、銅は銅なりに鍛えましょう。
鉄を銅に変えることは出来ません。銅も鉄にはなりません。

だからそれぞれの特性を活かして、伸ばすことにしましょう。
それには、特性が何なのか? 早く見つけることが必要です。


どうしたら早く見つけることが出来るのでしょうか?
子供の日常の動作や言動に、注意しましょう。

そのためには、子供と遊ぶのが一番です。
遊びの中で、子供は話しかけてきます。

すると、子供がその実生活の中で、何をどう考えているのかが分かります。
そして、対話が自然に生まれます。


わが子の特性が分かりにくい時は、他の子と比較して見るのも良いでしょう。
ただ比較して、どちらが良いか比べる必要はありません。
あくまでもわが子の、特徴を把握する手段ですから。


それでも、個性がはっきりしない子もいます。
それはそれで、かまいません。
まだ個性を発現する時期が、来ていないだけなのですから。


そんな時は、個性の種子を蒔きましょう。

ルソーは「エミール」の中で、『植物は栽培によって作られ、人間は教育に
よって作られる。』と言います。

また、『生まれた時に私たちが持っていなかったもので、大人になってから
必要なものは、すべて教育によって与えられる。』とも言っています。


個性の種子を蒔くとは、人柄を形成するための教育のことなのです。

どんな人柄の種子が、蒔けるのでしょうか?

優しい人・明るい人・親切な人・健康な人・・・

歌が好きな人・絵が好きな人・物作りが好きな人・・・

偉い学者や AI の先端技術者になるわけではありません。

これなら、どんな子に蒔いても必ず芽を出して成長します。
それは、立派な人柄であり個性でもあるのです。

ただ、そのための環境づくりは大事です。出来ればいつも寄り添って声をかけ、少しでも成長したら認めて褒めることです。


子供は大人の言うようにはなかなかなりませんが、大人のするようにはすぐになります。

子供を叱ると、気づかないうちに子供の自信や希望や生きがいまでも、奪って
しまうことがあります。

特に他の子と比較して、枠づけしてはなりません。

どんな子でも、他の子とは比べられない光を輝かせています。
(時には弱い光でも)
大人がその光を無視すると、光はだんだん消えて行ってしまいます。

鉄は鉄なりに! 銅は銅なりに!