書棚を整理しながら、埃の溜まった教育書に目を通しました。
幼稚園関係者にとってフレーベルは、神様のような存在です。
じっさい彼の教育思想は、神がかり的なものがあります。 (ドイツの教育学者, と
言うより教育者と言った方が相応しい, フリードリッヒ・ヴィルヘルム・アウグスト・
フレーベル, 1782〜1852年)
フレーベルは、人間も自然も神が造ったもので、神によって支配されていると言い
ます。そして、そのことを人々に意識させるために、教育が必要だと言います。
具体的には、創造的行為によって神の本性を認識させることだと説いています。
神の本性は、万物に宿っています。
彼は、ペスタロッチに師事しました。1837年36歳の時に、幼稚園を設立します。
現在の幼稚園の手本になりました。 この幼稚園名を直訳すると、 「自己教育と
自己教授に導く直観教授の学園」です。いま流に言えば、「自ら確かめ学ぶ学園」
と言うことでしょうか?
遊びを通して学ぶということは、現在も殆どの幼稚園が保育の基本としています。
フレーベルが、いちばん大切にしていたからです。
遊びは 「子どもが自己の内面を自由に表現する活動」・「子どもの最も純粋な精神
的生産活動」・「全ての善なるものの源泉」 と、フレーベルは言います。
遊びには、全人格が表れるているそうです。
「遊び疲れて良く眠る子は、幼児期の最も美しい情景だ。」 とも言っています。
大人はすぐに遊びの教育的意義を云々するけれど、分析したり期待したりしてはいけ
ないと戒めています。幼児期の遊びは、人生を通して見れば植物の子葉の段階です。成長すると良く遊んだ子は、自分の幸せは勿論のこと、他人の幸せも考えられるようになります。
余談ですが、フレーベルは創造的活動を助けるために遊具を作っています。そう言えば、フレーベルの名を冠した幼稚園の教材をを扱っているお店がありました。
フレーベルの教育を世界中に広めたのは、マーレンホルツ・ビューローM.B (1810〜1893年) という男爵夫人のお陰です。
幼児教育の神様
験を担ぐ
ちょっとしたことでも、幸先が良いか悪いか? 気にすることを「験(げん)をかつぐ」、
あるいは「縁起をかつぐ」と言います。
私は外出する時、玄関に置いてある沖縄土産のシーサーに必ず手を触れます。
そうすると外出の目的を果たして、無事帰宅出来るような気がするからです。
さらに、近くのバス停まで行く道の途中には施餓鬼供養の石碑があって、それに必ず会釈をして通り過ぎます。そうして、1日が良い日であるように祈ります。
この二つを実行しないと、何か1日中落ち着きません。験をかつぐことは、私たちの
日常生活に意外と多いのではないでしょうか?
このブログで、幼児がアニミズム的な考えを持っていることについて、書いたことが
あります。(全ての事象には、魂や感情があると考えること。)
幼児期における大事な思考形態で、人はこの時期に、他人を思いやりその痛みを
感じ取るという、優しい心情が育ちます。
アニミズム的な思考は、児童期になるとだんだん消えて行きます。でも成長しても、
その影響は残っているものです。験をかつぐのは、アニミズム的なものがあります。
タレントやスポーツ選手などの有名人が、験をかつぐ話もよく聞きます。
小学4年生のKさんは 「朝家を出る時、お母さんが 気を付けて行ってきなさい!
と言いながら、ほほにキスしてくれると元気が出る。」と、話していました。
同じく6年生のY君は 「学校へ行く時、隣の家の犬が、吠えながらしっぽを振って
くれると良いことがある。」と、言いました。
「イワシの頭も信心から」・「竹ぼうきも五百羅漢」と、言われます。
プラス思考で験をかつぐのは、とても良いことです。ストレスも溜まりません。
初夢で見ると良いと言われる 「一富士 二鷹 三茄子 四扇 五煙草 六座頭」は、
徳川家康の好みとも、駿河の名物とも言われます。
あるいは「縁起をかつぐ」と言います。
私は外出する時、玄関に置いてある沖縄土産のシーサーに必ず手を触れます。
そうすると外出の目的を果たして、無事帰宅出来るような気がするからです。
さらに、近くのバス停まで行く道の途中には施餓鬼供養の石碑があって、それに必ず会釈をして通り過ぎます。そうして、1日が良い日であるように祈ります。
この二つを実行しないと、何か1日中落ち着きません。験をかつぐことは、私たちの
日常生活に意外と多いのではないでしょうか?
このブログで、幼児がアニミズム的な考えを持っていることについて、書いたことが
あります。(全ての事象には、魂や感情があると考えること。)
幼児期における大事な思考形態で、人はこの時期に、他人を思いやりその痛みを
感じ取るという、優しい心情が育ちます。
アニミズム的な思考は、児童期になるとだんだん消えて行きます。でも成長しても、
その影響は残っているものです。験をかつぐのは、アニミズム的なものがあります。
タレントやスポーツ選手などの有名人が、験をかつぐ話もよく聞きます。
小学4年生のKさんは 「朝家を出る時、お母さんが 気を付けて行ってきなさい!
と言いながら、ほほにキスしてくれると元気が出る。」と、話していました。
同じく6年生のY君は 「学校へ行く時、隣の家の犬が、吠えながらしっぽを振って
くれると良いことがある。」と、言いました。
「イワシの頭も信心から」・「竹ぼうきも五百羅漢」と、言われます。
プラス思考で験をかつぐのは、とても良いことです。ストレスも溜まりません。
初夢で見ると良いと言われる 「一富士 二鷹 三茄子 四扇 五煙草 六座頭」は、
徳川家康の好みとも、駿河の名物とも言われます。
可愛い子には旅を
こどもの日にちなんで
昔は新幹線も飛行機も無かったので、旅は大変な苦労を伴いました。だからそういう苦労を早く子どもに経験させて、世の中の厳しさに触れさせようと親は考えたのです。
「可愛い子には旅をさせよ!」 苦労の体験は、将来きっと役に立つということで、この諺が生まれました。愛する我が子であれば尚更のこと、手元で甘やかすだけでいけないと、いつの時代の親も考えることです。
でも昔の親と今の親では、旅のさせ方に違いがあります。
昔(江戸時代)は、老舗の跡取り息子もそうでない町人の息子も、丁稚奉公に出して修業させるのが普通でした。町人の娘たちは、武家屋敷に奉公して家事や行儀作法を身につけました。(花嫁修業も兼ねて)
「可愛い子には旅を・・・」の特別編として、天皇家・将軍家・大名家・・・ には、「乳母」制度がありました。跡取りの子育てには、乳母が当たるのが普通でした。今流に言えば、過保護や過干渉を防ぐためです。
徳川幕府三代将軍家光の乳母になった「春日局」の話は、有名です。
「長者に二代無し」と言われます。子どものことを思うなら、旅に出しましょう。
では、子どもをどう一人旅(自立)させることが出来るでしょうか?
幼児期(2〜6歳)
親に依存しながらも、自己中心的です。見ていると、乱暴で危険な行動が目立ちます。失敗も多い年齢です。
でも子どもに手を貸すのは、最小限にしましょう。七転び八起、失敗は成功のもとです。むしろ早いうちに失敗を経験させた方が、回復力の強い子になります。
また幼児期は、想像・空想力がどんどん広がる時期です。それは、夢を見る時期です。その夢を、更に大きく膨らませてあげることが大切です。
子どもの夢を他愛ないと否定しないで、夢の世界を旅させましょう。玩具や絵本は、夢の旅を楽しむのに役立ちます。ただ、与え過ぎは要注意です。
この時期は、生活領域も広がり言語表現も豊かになる頃ですから、子どもの個性・特性を捉える好機です。しっかり見守ってあげることが、一人旅させるコツです。
児童期(6〜13歳)
ある時は親に依存・服従しますが、情緒も育ってくるので、感情的・自己中心的な行動に走る時もあります。そのくせ放っておくと、寂しがって落ち着きません。
社会性が発達してくる時期ですから、友だちづくりを勧めましょう。
ただ友人関係は、一方通行では成立しません。類似性の原則というのがあって、似たもの同士が友だちになります。
つまり友だちは、選ぶと同時に選ばれるという関係です。そのため、親から見ると、好ましく無い友だち関係が必ず生じるものです。でも、口出しは無用です。子どもの友人関係を良くするコツは、信頼し合える親子関係づくりと、気持ちの安まる家庭づくりにありますから。
青年前期(13〜17歳)
親とは対立する時期です。放っておくのが原則です。かまい過ぎると、かえって自立困難な子になってしまいます。それに甘やかすと、結果についての責任を、常に他人に転嫁するようになります。
自分で選んで自分で決めて実行した結果は、自分の責任と受け止めます。たとえ失敗しても、ブツブツ言う程度で治まるのが普通です。この年齢こそ、一人旅がいちばん必要な時期です。
昔は新幹線も飛行機も無かったので、旅は大変な苦労を伴いました。だからそういう苦労を早く子どもに経験させて、世の中の厳しさに触れさせようと親は考えたのです。
「可愛い子には旅をさせよ!」 苦労の体験は、将来きっと役に立つということで、この諺が生まれました。愛する我が子であれば尚更のこと、手元で甘やかすだけでいけないと、いつの時代の親も考えることです。
でも昔の親と今の親では、旅のさせ方に違いがあります。
昔(江戸時代)は、老舗の跡取り息子もそうでない町人の息子も、丁稚奉公に出して修業させるのが普通でした。町人の娘たちは、武家屋敷に奉公して家事や行儀作法を身につけました。(花嫁修業も兼ねて)
「可愛い子には旅を・・・」の特別編として、天皇家・将軍家・大名家・・・ には、「乳母」制度がありました。跡取りの子育てには、乳母が当たるのが普通でした。今流に言えば、過保護や過干渉を防ぐためです。
徳川幕府三代将軍家光の乳母になった「春日局」の話は、有名です。
「長者に二代無し」と言われます。子どものことを思うなら、旅に出しましょう。
では、子どもをどう一人旅(自立)させることが出来るでしょうか?
幼児期(2〜6歳)
親に依存しながらも、自己中心的です。見ていると、乱暴で危険な行動が目立ちます。失敗も多い年齢です。
でも子どもに手を貸すのは、最小限にしましょう。七転び八起、失敗は成功のもとです。むしろ早いうちに失敗を経験させた方が、回復力の強い子になります。
また幼児期は、想像・空想力がどんどん広がる時期です。それは、夢を見る時期です。その夢を、更に大きく膨らませてあげることが大切です。
子どもの夢を他愛ないと否定しないで、夢の世界を旅させましょう。玩具や絵本は、夢の旅を楽しむのに役立ちます。ただ、与え過ぎは要注意です。
この時期は、生活領域も広がり言語表現も豊かになる頃ですから、子どもの個性・特性を捉える好機です。しっかり見守ってあげることが、一人旅させるコツです。
児童期(6〜13歳)
ある時は親に依存・服従しますが、情緒も育ってくるので、感情的・自己中心的な行動に走る時もあります。そのくせ放っておくと、寂しがって落ち着きません。
社会性が発達してくる時期ですから、友だちづくりを勧めましょう。
ただ友人関係は、一方通行では成立しません。類似性の原則というのがあって、似たもの同士が友だちになります。
つまり友だちは、選ぶと同時に選ばれるという関係です。そのため、親から見ると、好ましく無い友だち関係が必ず生じるものです。でも、口出しは無用です。子どもの友人関係を良くするコツは、信頼し合える親子関係づくりと、気持ちの安まる家庭づくりにありますから。
青年前期(13〜17歳)
親とは対立する時期です。放っておくのが原則です。かまい過ぎると、かえって自立困難な子になってしまいます。それに甘やかすと、結果についての責任を、常に他人に転嫁するようになります。
自分で選んで自分で決めて実行した結果は、自分の責任と受け止めます。たとえ失敗しても、ブツブツ言う程度で治まるのが普通です。この年齢こそ、一人旅がいちばん必要な時期です。
五月

紅白に咲くツツジ (12,4.29)
わが家のツツジは、紅白に咲き分けるので珍種だと思っていました。
でもお隣りの武蔵野市では、街路樹として植えられていました。
悲惨な交通事故が、多発しています。車のハンドルを握る人は、自分への警鐘と
受け止めて安全運転を心がけて下さい。
せめてゴールデンウイーク中は、脱クルマで参りましょう!
五月の声を聞くと、明るく爽やかな夏の訪れを感じます。五月晴れという言葉もあり
ますから、澄み渡った晴天の日々を想像します。 (本当は陰暦ですから、六月の
梅雨明けか梅雨の合間の晴天を指します。)
我が家も、ハナミズキ・スズラン・ツツジが花盛りです。 ご近所のウノハナも、蕾が
膨らんできました。5月5日は「立夏」ですから、確かに「夏は来ぬ」です。
でも、五月を晩春と捉える人もたくさんいます。
中国では、晩春の風物として柳絮(りゅうじょ)がよく出てきます。柳絮は、白い綿毛を
つけた柳の種のことです。ちょうど今ごろ、風に吹かれて飛んでいます。
唐の詩人韓愈は、「柳巷 また絮を飛ばす 春余 幾許時ぞ (柳のある町は、柳絮が飛んでいる。春は、もういくらも残っていない。)」と、詠っています。
事実「若葉寒む」などと言われる寒い日が、突然現れます。 欧米の諺でも 「五月が
過ぎるまでは、ボロでも脱ぐな!」と、言います。 いずれにしても、晩春と捉えるか?
初夏と捉えるか? では、気持ちも生活も変わってきます。
草野心平は、「五月」という詩でこう詠っています。
五月 (草野心平)
少し落ち着いてくれよ五月。
ぼうっと人がたたずむように少し休んでくれよ五月。
樹木たちが偉いのは冬。
そして美しいのは芽ばえの時。
盛んな春の最後をすぎると夏の。
濃緑になるがそれはもはや惰性にすぎない。
夏の天は激烈だが。
惰性のうっそうを私はむしろ憎む。
五月は樹木や花たちの溢れるとき。
小鳥たちの恋愛のとき。
雨とうっそうの夏になるまえのひとときを五月よ。
落ち着き休み。
まんべんなく黒子も足裏も見せてくれよ五月。
無免許少年の交通事故から
京都の亀岡市で集団登校中の小学生等10人が、無免許で車を運転していた18歳の少年にはねられて死傷しました。「またか・・・」と、唖然たる思いの交通事故です。
少年は車で夜遊びを繰り返し、家に帰らない日が多かったようです。父親は「全くそれに気付かなかった」と、報道陣の問いかけに答えていました。
と言うより父親と息子は、顔を合わせる時間も会話をする時間も、殆ど無かったようです。要するに子どもの生活に無関心で、子どものことは見ていなかったということです。だから子どものことは、全く分かっていないのです。
この少年は、どんな育ち方をしてきたのか? はっきりしたことは分かりませんが、どこかで挫折したことは確かです。
少なくても幼児期や児童期には、彼にも「こんな人になりたい! こんなことをやりたい!」という、希望や欲求があったはずです。
そして親や先生から、自分の行動を褒めてもらえた時は、嬉しくてさらに頑張った思い出がきっとあると思います。それが、満たされなかったのです。
特に少年期は、希望や欲求が否定されると、自分を守ろうとしてあるいは正当化しようとして、別な行動に走ることがよくあります。(代償的行動と言われる)
友人を誘い、無免許で一晩中車を乗り回していたのは、確かに異常です。でも少年は、それで精いっぱい自我を主張していたのではないでしょうか? ことによると、期待される人間になれないことからの、逃避行動だったのかも知れません。
嫌な場面から逃げようとするのは、現代若者の傾向だと言われます。こういう少年たちに「普通の生活をしなさい!」と言うのは、酷なようです。然し18歳と言えば、世の中が自分に何を期待しているかは、十分に分かる年齢です。
どうしたら、彼らを更生させることが出来るのでしょうか?
遠回りのようですが、「子どもは、いま何を考え願って行動しているのか?」 子どもの意識に近づくことが大事です。そのためには、子どもの行動を認めることから始めなくてはなりません。
大人が(親・先生など)、あせって子どもを普通の生活に戻そうと期待すると、子どもはかえって遠ざかってしまいます。子どもの本心も、見失ってしまいます。
子どもと接する時間を多く持って、子どもの行動をじっくり観察することが、何より必要なのです。そして子どもの行動が予測出来るようになれば、子ども自身も、普通の生活に戻るきっかけをつかむことが出来るようになります。
少年は車で夜遊びを繰り返し、家に帰らない日が多かったようです。父親は「全くそれに気付かなかった」と、報道陣の問いかけに答えていました。
と言うより父親と息子は、顔を合わせる時間も会話をする時間も、殆ど無かったようです。要するに子どもの生活に無関心で、子どものことは見ていなかったということです。だから子どものことは、全く分かっていないのです。
この少年は、どんな育ち方をしてきたのか? はっきりしたことは分かりませんが、どこかで挫折したことは確かです。
少なくても幼児期や児童期には、彼にも「こんな人になりたい! こんなことをやりたい!」という、希望や欲求があったはずです。
そして親や先生から、自分の行動を褒めてもらえた時は、嬉しくてさらに頑張った思い出がきっとあると思います。それが、満たされなかったのです。
特に少年期は、希望や欲求が否定されると、自分を守ろうとしてあるいは正当化しようとして、別な行動に走ることがよくあります。(代償的行動と言われる)
友人を誘い、無免許で一晩中車を乗り回していたのは、確かに異常です。でも少年は、それで精いっぱい自我を主張していたのではないでしょうか? ことによると、期待される人間になれないことからの、逃避行動だったのかも知れません。
嫌な場面から逃げようとするのは、現代若者の傾向だと言われます。こういう少年たちに「普通の生活をしなさい!」と言うのは、酷なようです。然し18歳と言えば、世の中が自分に何を期待しているかは、十分に分かる年齢です。
どうしたら、彼らを更生させることが出来るのでしょうか?
遠回りのようですが、「子どもは、いま何を考え願って行動しているのか?」 子どもの意識に近づくことが大事です。そのためには、子どもの行動を認めることから始めなくてはなりません。
大人が(親・先生など)、あせって子どもを普通の生活に戻そうと期待すると、子どもはかえって遠ざかってしまいます。子どもの本心も、見失ってしまいます。
子どもと接する時間を多く持って、子どもの行動をじっくり観察することが、何より必要なのです。そして子どもの行動が予測出来るようになれば、子ども自身も、普通の生活に戻るきっかけをつかむことが出来るようになります。


