幼児教育を語るひろば

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世界盆栽大会

昨日教え子の Y. T に誘われて「世界盆栽大会 in さいたま」へ行ってきました。会場はサッカーで有名な「さいたまスーパーアリーナ」です。

JR の「さいたま新都心駅」で下車して先ずビックリしたのが、駅周辺の見違えるような都市化です。昔 東北線の蒸気機関車で通過した頃は、のどかな田園風景が広がっていた辺りです。 大規模な土地区画整理事業によって再開発が進み、
目を奪われるようなデザインの近代都市に生まれ変わっていました。

ゴールデンウイークの初日でもあり、新聞やテレビでも紹介されたので、大変な人出でした。 人混みに圧倒されて、展示された盆栽の殆どを素通りするような
始末でした。

ただ今まではお金持ちや老人の趣味として捉えられていた盆栽が、芸術作品として認知され、世界中で愛好者が増え、愛されるようになったということはよく分かりました。


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さいたま新都心駅前に、葛飾北斎の絵を模した風景を、
盆栽仕立てで展示していました。


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皇居の盆栽がありました。

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華やかな盆栽もありました。

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さいたま市の小学校では、盆栽教育活動を実施しています。

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シンボル盆栽 真柏 銘「飛龍」 推定樹齢一千年超。




高齢者問題を考える

3月21日付朝日新聞「声欄」の高齢者問題に対する投稿に、何人かの高齢者の反応が紹介されていました。(4月26日付・声欄)

3月21日付の投稿記事は、中学生と高校生の若い人の声でした。(要約)

中学生(15歳)は、「キレる高齢者」が増えている、と言います。
お店で若い店員を怒鳴りつける人・電車で何かに対して怒っている人・道でブツブツと文句を言っている人・・・  彼らはなぜそんなにイライラしているのだろう。 何にイライラしているのだろう。 
キレる高齢者にどう対応すればよいか?  と、問いかけています。

高校生(18歳)は、どうしてお年寄りは、病院に集まるのでしょうか?  「診察は終わったけど、ここ(病院)にいる。」と、話すお年寄りもいました。「病院にいるお年寄りは元気だ。」と、誤解されてもしかたないようなことをしていませんか?  と、訴えています。

確かに現状は、高齢化社会です。そして、高齢者が色々と問題を起こしています。高齢ドライバーによる死亡事故など、そのよい例です。

他にも認知機能が低下した高齢者たちが、事故を引き起こしたり、事故に巻き込まれたりしています。


若者たちの声に対する高齢者の声が、紹介されていました。(4月26日付・要約)

73歳女性
高齢者になると、 つらいんです・暇なんです。キレる年寄りも、話し相手がほしいんです。自分にイライラしてるんです。

85歳女性
高齢者は何をしてもいいとは思いません。 でもお国のために働き続けてきた私たちの言動を、少し大目に見て頂けないでしょうか?

74歳男性
高齢者になって分かったことは、頑固になったこと。 自分を失う恐怖との闘いなのです。 加齢と共に体が動かなくなったが、今まで築いてきた自分自身を失いたくありません。
主体性を失うことは、生きる意欲を失うことを意味します。 それは恐怖です。 それが「キレる」という現象を生んでいるのでは?

86歳男性
迫り来る「死」が、根底にあります。 死を意識することから、イライラする人・病院でたむろする人・スポーツや読書にはまる人・宗教などで悟りを開く人が、出て来るのでは?
高齢になると、若さと元気でカバーできていた「弱さ」が、表面化します。


大阪大学大学院教授・佐藤真一氏は、次のように考察しています。(要約)

年を取るごとに、脳の前頭葉の機能が低下するため、理性で強い感情を抑制するのが難しいことがあります。複数の情報を同時に処理することも困難となり、周囲に配慮する余裕がなくなる。それで高齢者はキレやすく自己中心的だと映るのです。体と心の変化を理解するようにと、説かれています。


私も立派な高齢者ですが、自分はどうでしょうか?
心身の衰えは、確かに感じます。でも自分では、キレる年寄りだとは思っていません。小さな会を主宰し、ボランティア活動にも参画しています。 他から批判されるようなこともありません。 前向きに社会奉仕活動の場を求めて、行動しているという自負もあります。
と、自分なりに気をつけていますが・・・

でも、病院通いは多くなりました。 検査の度に、新しい疾患が見つかったりします。 無理やり病院に呼ばれる状況でもあります。 いずれにしても、病院通いで他に迷惑をかけないようにしなければ・・・ と、自戒しています。



子供たちは今

子供の定義は?
未成年者(20歳未満)を子供と呼ぶ場合もありますが、現在は18歳以上に選挙権が与えられているので、18歳未満を子供と見なしています。

実際に「児童福祉法」では、18歳未満を児童としています。然し「学校教育法」で児童というと、6〜12歳(小学生)を指します。

ところで「児童憲章」(昭和26年5月5日制定)には、こんなことが明記されています。

先ず前文には・・・

児童は、人として尊ばれる。
児童は、社会の一員として重んぜられる。
児童は、よい環境の中で育てられる。


条文には、子供の幸福を願って次のようなことが書かれています。

二、すべての児童は、家庭で、正しい愛情と知識と技術をもって育てられ、家庭
    に恵まれない児童には、これにかわる環境が与えられる。

九、すべての児童は、よい遊び場と文化財を用意され、わるい環境からまもら
    れる。

十、すべての児童は、虐待・酷使・放任その他不当な取り扱いからまもられる。
    あやまちをおかした児童は、適切に保護指導される。



日本の子供たちの問題は後回しにして、世界の子供たちの現状で気になる点を三つ、ユニセフの「 世界子供白書 2016 」から拾ってみました。

先ず極度の貧困にある子供たちの10分の9は、サハラ(アフリカ北部の大砂漠地帯)以南のアフリカで生活しています。

次に初等学校就学年齢に相当する子供のうち、6.000万人超が学校に通っていません。

更に7億5千万人の女性(未成年者)が、児童婚を強いられています。 (10億人の子供の4分の3に当たる人数)


いま直ぐに対応しなければ 、2030年度には1億6.700万人の子供が、極度の貧困生活を強いられることになります。

そして6.000万人の子供が、学校に通えません。加えて6.900万人の5歳未満児が、早死にすると言われます。


そこで日本の子供たちの様子を、内閣府の「子供 若者白書」や警視庁の「少年非行等の概況」から考察してみました。

最近気になるのは、インターネットに関わる問題や犯罪です。2チャンネル・twitter・SNS・YouTube などによる事故や事件(特に性犯罪被害)が多発しています。

相変わらず自立できない子供の問題が、多いようです。過保護・かまわれ過ぎも原因の一つですが、普通の家庭で能力も普通の子供にも見られるとのことです。ニート・引きこもり・不登校の数は、一向に減りません。

自立できないので、日常の生活能力も劣ります。社会活動への参画や、ボランティア活動に参加する意欲も無いのが現状です。そして、自己中心的な子供が多いのです。

家庭環境にも問題があります。子供たちの、快適な居場所になっていません。児童虐待や家庭内暴力も、後を絶ちません。

特に、思春期の子供たちの欲求不満が募りがちです。非行・暴力事件や、喫煙・飲酒も増えています。更に、薬物乱用事件も起きています。

女子中高生を中心に、非行や性の逸脱行動も目立ちます。肥満・痩身障害や、性感染症の罹患率も増加して、彼女たちの健康管理上の問題も心配されます。

いずれにしても、アフリカの子供たちと比べても意味ありません。日本の場合は、物の豊かさのための心の貧しさでしょうか?  

でも日本でも、子供の貧困問題が話題になっているのですが・・・



リンちゃん殺害事件に思う

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モミジの若葉 ( 2017, 4. 19 写す )


 花桜  まだ盛りにて  散りにけむ
      嘆きのもとを  思ひこそやれ

                                (成尋法師)


千葉県我孫子市でベトナム国籍の小3女児 レェ・ティ・ニキット・リン ちゃんが殺害された事件から、すでに4週間が経ちました。

リンちゃんは、これから何回も素敵な花を咲かせただろうに、わずか9年の短い歳月で散ってしまいました。ご両親の嘆きが思いやられます。

容疑者として逮捕された渋谷某は、リンちゃんが通っていた小学校の保護者会長でした。これを聞いた私たちの驚き・戸惑いは、言葉では言い尽くせません。

保護者会長と言えば、子供たちを守る最高責任者です。それが守るどころか殺めてしまうとは・・・   許せません !

リンちゃんが殺められたのは、荀子が説いた「性悪説」を証明するような事件です。子供たちに「 大人を信じるな ! 」 と、教える事件です。

荀子は、「人の性は悪、善は人がつくったもので本当は欲のかたまりだ。」 と言いました。だからこそ、「強制的な罰則が必要だ ! 」というわけです。

私たちは、まがりなりにも「人の性は善である」という孟子の教えを信じてきました。でも今回の事件で、胸を張って子供たちにそう主張することは難しくなりました。

「性善説」を諦めなくてはならないのでしょうか?

私たちは、殺害されたリンちゃんのことを 「 可愛そうだ ! 」 と思っています。容疑者の行為を憎んでいます。人間の性は、悪なのでしょうか?

然し私たちは、孟子が説いた 「 惻隠(あわれみの心) 」・「 羞悪(不善を恥じ憎むこと) 」・「 是非(善悪を正す) 」 の心情を持っています。人間の性は、やはり善であることの証です。


容疑者渋谷某の善性が失われて悪となった原因は、どこにあるのでしょうか?  彼の生育環境、あるいは生活環境の影響に因るのでしょうか?

万人に善なる性が備わっているという前提がなければ、今回のような事件の再発を防ぐことは難しいと思います。「性」は、肉体的なものだけではありません。精神的なものも含んでいることを、忘れてはなりません。

亡くなったリンちゃんのためにも、人の心を育てる活動に力を入れたいと思います。



クラス会

        明日

 明日もまた遊ぼう !
 時間をまちがへずに来て遊ぼう !
 子供は夕方になってさう言って別れた
 わたしは遊び場所へ行って見たが
 いい草のかほりもしなければ
 楽しそうには見えないところだ
 むしろ寒い風が吹いてゐるくらゐだ
 それだのにかれらは明日もまた遊ぼう !
 此処へあつまるのだと誓って別れて行った

                           ( 室生 犀星 )



一昨日、今年62歳になる教え子たちのクラス会がありました。私の老化を気遣って、会場は私の家から15分ほどの商店街にある小料理屋さんでした。

小学校を卒業して半世紀が過ぎたのに、教え子たちは約束通りに集まってきます。集まるとすぐに、少年少女時代に戻ってしまうから不思議です。
「〇〇ちゃん」・「〇〇さん」、 中には当時のあだ名で呼び合ったりしています。

シラー ( 1759〜1805年  ドイツの詩人・劇作家 ) は、 「 友は喜びを 2 倍にし、悲しみを半分にする。 」 と言いました。 その通りです。

真の友情とは、いま教え子たちが繰り広げているこの光景のことを言うのだろうと、私はつくづく感じました。

私の宝である教え子たちと、掛け替えの無い大切なひと時を過ごすことができました。  感謝 !